Improvのワークショップ参加記最終回@Curious Comedy Theater

Improv2015Julyあと3回残して、わたしだけ最終回を迎えたインプロ・ワークショップ。

週に1回、たった2時間だったが、インプロの「副作用」で13人の仲間がとても親しくなった。

名前を覚えることの大切さを思う。
warm-up ゲームで名前を反射的に言い合うなど、実に効果的。

始まるまでの時間、そして始まってすぐの時間は、その週にどんないいことがあったかを語り合う。

「小学校の先生をしている母が、60年代UCLAでインプロ研修を受けたことがわかって、驚いた」
というひとりの話に、わたしは驚く。

60年代から、すでに小学校の先生の指導力に効果的だと、インプロのプログラムがあったのか。
ただ、それは革新的なカリフォルニアの、おまけに先駆的な挑戦をする(わが母校)カリフォルニア大学でのことだが。

4回目のワークショップ。
この日は、インストラクターのケイティさんの指導を評価するために、上司が教室を覗くというので、ちょっと彼女が緊張気味(「A判定をもらわなきゃね」とのこと)。

warm-upで興味深い発見。
1.2つのグループに分かれ、それぞれランダムに歩き回り、相手方のひとりひとりと出来るだけアイコンタクトをとる。

これは、まあ、もはや仲良しになったわたしたちには、オチャノコサイサイ。

問題は次。

2.同様にランダムに歩き回るなか、1グループは相手方とアイコンタクトをとろうとする。だが相手グループのメンバーはなるべく視線を交えないようにする。

これが、ひとりを覗いて全員が、「難しい」と嘆くのだ。
違和感が強くて、ストレスだとか。
難しいと感じない「ひとり」は、いったいだれ?

…日本で、日夜そういう違和感で訓練されている(?)わたしに他ならない。

渋谷の大交差点など大勢がランダムに歩いているような環境で、かかわりを避けるように、目を見ないで歩き回る…ようなことを、いつもしているのだから。

この文化の違いを発言しようとしたが、クラスがその話で盛り上がって、時間をとってしまいそうで、口をつぐむことにする。

このゲームの目的はもちろん、周囲によそよそしくするのを上手に、というわけではなく、アイコンタクトの大切さを学ぶこと、なのは言うまでもない。

emotionsの表現復習の後、今回の新ゲーム。
ふたり組で演じるシーンのニューフェース。
隠された、相手の地位の高低(トランプの札で示される)を、互いに探りながら演じる。
これはインプロだけでなく、社会的動物としての自分というものを考えさせられるもの。

わたしが引いたのはKing。
わたしの上には、エースしかいないわけだ。
確率が低いから、わたしはすっかり王様気分で演じ始めた。

与えられた場面(シーン)は、airplane。

大きな態度で、相手を顎で使うファーストクラスの乗客。
これをのっけから演じて、大いに受けていたが、どうも相手の様子がおかしい。
やけに、正義感のようなもので、叱ってくるではないか!
待てよ?

ジャーン。
機長だ!

インストラクターが「さて、この二人の地位は?」
相手は「エース」。

観客(クラスメート)が、面白がったのは、いばっていた乗客(キング:わたし)が、相手(エース:機長)の地位を知って、だんだん弱気になっていく過程。

それから、多分、ステレオタイプとして「おしとやか」なイメージのある日本人女性が、ふんぞりかえって、横柄な態度をするところ?

なにはともあれ、ウケたようで、めだたし、めでたし。
(笑われる快感?!)

このゲームで、キャラ作りが一段と深まる。
社会的階層というか、生物学で言えば「つつきの順位」の要素が、キャラ作りには必要というわけ。

もうひとつ、ふたり組で与えられた場面を演じるゲーム、この日は新しく「objective」というテーマがあった。

演じるふたりには、相手のobjectiveは知らされない。

わたしが引いた札には、to feel lucky とあり、お題のシーンは図書館。

一瞬、どうしていいか分からない。
相手が、開口一番「Mom」と語りかけてきた。

(むっ。年齢的にママ役って決めつけた?)と、思ったのはまったく瞬間的で、実はこれでおおいに助けられる。

ふたりの関係が、これですぐに決まった。
会話が俄然、具体的になる。
やけに「がんばるよ、ママ」という娘に、「そんなおまえが、誇らしい」という大あまの母親で、無事、シーンをクリア。

あるドラマを切り取ったような具体的なシーンを、即興的に作るわけだ。

これが、自在に出来る人が先生だったら…

生徒としては大歓迎だ。
察してくれるし、
どんな状況でも、まずは自分を受け入れてくれる。
だから、先生に語りかけるし、教室でも発言が楽しくなるなあ。

シーンを演じるゲームの「上級コース」は、シーンリレー。

お題にそって、それぞれの作ったキャラクターでふたりずつシーンを演じ、リレーのように片方ずつ交代していく。

2度目だが、前回より仲間の芸が上達したのが分かる。

また、とっぴなキャラクターも自由に飛び出すようになった。
静かで恥ずかしがり、にこにこ話を聞いている控え目な感じだったひとりが、「ドイツ語訛りの鉄の女」になったときは、大喝采。

(インプロや演劇の上級ワークショップには、「訛り」というクラスも存在する。アメリカの社会では大切な要素。
もともと訛っているこちらは、ワンパターンになってしまうのが弱点)

キャラクター作りでは、ワンパターンにならないようにしたい。
プロは、6人のキャラを持っていて、瞬間的に各キャラを「登場」させられるという。

目標、決めた!
6人か…、よーし。

さあ、指導者のみなさん。
これから、さらに笑いの種が山盛りのリードアラウドで、子どもたちを、英語絵本の世界、英語の世界に誘っていこう。

P.S.
わたしたちのインストラクター評価は、もちろんA!

8月の指導者向けリードアラウド・ワークショップ~予習・復習

ワークショップ参加のみなさんは、そろそろ、発声やfluent readingのための練習を始めた頃だろうか。

発声練習は、

朗読を正しい姿勢で、

遠くに向って

喉の奥を開放する感じで。

これでも、どうにか衰えはカバーできるだろう。

前回の『Two Eggs, Please』の復習は、まずは滑舌。
ウェートレスの台詞は、立て板に水のように、でも流してしまうのでなく、ひとつひとつのオーダーのキーとなる語句が耳にひっかかるように。

登場者のキャラを、はっきり書き出して認識する。
別人の台詞は、読む前にちょっと間を空け、別人の空気をかもし出す。

「卒業」試験にしたいくらい芸の細かい読みが必要な作品だが、今の自分に出来る最高のものを。

ベテランはベテランなりの、段階が上の難しさを、自分なりにこなしてみたい。

さあて、予習。
Duck!Rabbit!9780811868655』は、一目瞭然、ふたりのキャラクター造形が大切な、会話だけで成り立った一冊。

自分なりにキャラを立てる。
具体的に、書き出してみるとやりやすい。

場面が変わるたびに、その絵(対象物)を実際に眺める間を空けること。
空気が変わるのを表現したい。

多分、野外で会話をしている想定だろうから、声ははっきり、外で会話をしている感じに、距離感を出す(少々「遠い声」)。

キャラを定着させるには、何しろ回数読むこと。
愚直に読む。
そこから生まれてくるリアリティがある。

録音して自分を知る~リードアラウド指導

自分を知ることは怖い。
しかし、知ることで成長もできる。

みんな、自分のことは自分が一番知っていると思っているふしがあるので、意外と他人の言うことに耳をかさないものだ。

ところが、録音なり録画なりしてみると、欠点がそこに動かぬ証としてあるので、素直になる。

そこで、リードアラウド指導の研修では、朗読にしても指導の様子にしても、録音か録画するのを勧めている。

また、ふたり組で指導を行うことで、それぞれが講評し合うことで、客観的な評価もできる。

先日、ブックハウス神保町でリーダーズシアターを受け持ったベテラン2人も、まだまだ改善点を、自分や相方に見つけた。

2人の記録をみながら、みなさんの役立ちそうなことを書き出してみよう。

・「あがり」からくる現象について。
最悪は、「真っ白」になる。
これを克服しても、しばらく続くのが、聴衆の目を見られない状態。

顔はみんなに向いていても、ひとりひとりを見られない。
すると、どういう現象がでてくるか?
1.ひとり笑い(意味がわからない笑いをする)
2.ひとり言のような、だれに向って話しているかわからない言葉をはく。

今回、「アイコンタクトをとる」という魔法(?)が、この現象をほほ消滅させてくれたらしい。

言い方を変えると、あがらずに参加者のひとりひとりの顔を見られるようになったということ。
参加者である子どもたちも、これで指導者とのコンタクトが親密になり、より集中できるようになる。

・子どもの発言を促し、双方向的に進めていくことについて。

ついつい指導者が自分で説明しまう。
この傾向が影を潜め、今回は「丁寧に子どもの発言を拾えた」とのこと。

ならば、つぎはその対応の仕方を上手にする番だ。

間を置かず、短く、肯定的に。

これがこれからの課題。
本筋、ポイントをわきまえて、軌道からずれ過ぎない感覚をいつも持つことも、同時に必要だ。

話法が冗長だと、だれるし、時間が推し気味になる。
話法の簡潔さは、普段から気をつけないと、なかなか直せない。

普段の訓練も必要だ。

・対応のひとつ、子どもが読んだあとに評価について。
これが難しい。

即興力がいるところだ。
読めたときに「読めたね」では、言われてもたいして嬉しくない。

わたしが子どもだったら、「読めたよ、で?」と突っ込みたくなる。
ここでたとえば、「もう、先生の代わりに読めそうだ。みんなが後について読むから手本になって」などとしたら、嬉しいだろう。
その子の心に、その「手本」となったときの英語の単語なりフレーズが残るチャンスが高くなる。

いつも、ひとりひとりに嬉しい一言をかけられる、話術を心がけること。
自分がこれまでの人生で、言われた嬉しい言葉を、記憶の中から探しておくといい。

最後に。

指導者自身が楽しんでいるか、いないかは、感受性の強い子はお見通しだということ、知っておいて欲しい。
「指導者が面白くないと思っているもので、こっちが面白いはずないでしょ」と、だれかは考えている。

大人に厳しい目を持っていて、いつも批判的だった子ども時代がないひとは、そんな子どもがいることを意識して、そのような厳しい子どもからも「◎」をもらえるよう、心から自分も楽しめるリードアラウドにしよう。

録音を聞いて、「自分でも楽しんでいるかどうかが、声に出ている」と、今更とはいえ、分かったことは、よかったね、Rさん。
自分のリードアラウド、録音してみてわかることが多かったはずだ。

それから、そうそう。
笑顔が控え目なHさん。
子どもにも分かりやすい笑顔、練習したらよさそうだ。

笑顔は、筋肉のクセみたいなものだから、大きめに動かす練習を鏡の前で(CAのように割り箸をくわえるとか?)すると、そのうちクセになる。

『Inside Out』ーEmotionsの演じ方も学べる今夏最高の映画

ディズニー/ピクサーの2015年公開の3Dアニメ、Inside Out。

ヒトの中にある5つの感情、
Joy, Anger, Disgust, Fear, Sadness
を主人公、キャラクターに仕立てるという大胆さ。
大真面目なテーマ「青少年の心理」を、説教臭くも教条的でもなく、万人が楽しめる娯楽作にした傑作だ。

外の世界(outside)は、ヒトひとりひとりの現実世界。
内の世界(inside)は、ひとりのヒトの頭(心)の中。

分かりやすいが緻密で、愉快な脚本と、恐らく今最高の3D技術を駆使したアートで、普通は見えないinsideを、見せて(out)くれる。

リードアラウドなどで「豊かな表現」を目指すみなさん。
これは、「芸」のためにぜひ見たい映画。

もちろん、生の英語版(字幕版)で!
声優の選び方が、日本の場合、人気取りの要素もあり、表現者の手本にならない、ただの人気者の場合もありそうなので。

5つの感情のうち、特に主になるのがJoyだ。
子どもの健全な成長を願う大人たちとしては、自然なことだろう。

Joyは、絵でもそう描かれているのだが、オーラのような光を放つ。
日本社会では、こういうオーラを、ちょっと否定的に「テンション高い」と言ったりするが、日本の外が舞台。
肯定的に捉えたい。

いつも、通りのいい明るい声。声量に余裕のある、はっきりした声。
High spiritだが、それにも段階があって、表現の幅がとても広い。
(Amy Poehlerという俳優だが、調べたら、シカゴでインプロをずっとやっていた人だった!)

いつもJoyによりそい、ときに心ならずも足を引っ張るのが、Sadness。
声は低く、テンポはゆっくり。ため息、ためらい。Sadnessのいろいろな形が表出する。

Angerは、わかりやすい。
段階があることを学べる。
むっとする、イラッとくるから、噴火のような怒りまで。
そして、ちょろちょろ、引っ込んでも、すぐに出てきたがったりする。

Disgustは、まだ上手くこなされていないemotionのひとつかもしれない。
映画では、黄緑色が象徴色で、いつも、あきれたり、嫌々そうだったり、気持ち悪そうに顔をゆがめたり、斜めに構えている。
これをキャラに取り込めると、芸の枠がまたひとつ広がりそうだ。

Fearは、弱々しい紫色のキャラクターに描かれている。
何しろ、何でも恐れる。心配性でもある。注意深いとも言えるのだが、頼りない。

映画では、この5つの感情が、ひとりひとりの中に、それぞれのキャラクターをもちつつ存在して、outsideの現象に対応しているのだが、心理描写として、「そうそう!」と思えることが多く、映画館内でしだいに観客が共振するのがわかる。成功した映画だということが、よくわかる。

絵の表情も、実に芸が細かい。
日本人も、英語を話すときにこれくらい微妙に、いろいろな表情を見せられれば、もっともっと言葉が通じやすくなるだろう。

同時に、こういういくつもある、アメリカ的表情を知ると、相手の言っていることが、もっと分かりやすくなるだろう。

絵と声優の声の演技、そして脚本、すべてに良くできた映画!

Improvのワークショップ参加記その3@Curious Comedy Theater

シアターゲーム、ここではImprovと呼んでいるが、即興力を養うインプロ・ワークショップ、その3回目に参加した。
開始は、火曜日7:30pm。みんなが、仕事帰りに参加できる時間だ。

この日も、20分早く到着、2番乗り。

到着順に、またまた名前のおさらい。
ひとり、またひとりと到着する仲間の名前を挙げていく。
嬉しいことに、全員、わたしの名前は覚えている。
白人のなかの「黄一点」だから?

こういう、空き時間の会話がまったく苦痛ではない自分を、再発見する。

「インプロって、安いセラピーみたいなとこもあるのよ」

こう、コーチが言っていたが、「自分が変わり始めた」と告白する仲間もちらほらいる。

「いつも話をするときに、先に考え過ぎて話せなくなってそれが、ストレスだったけど、何だか楽になってきた」とか、

「話を繋げるのにしくじることがあるけど、それをどう拾って、しくじりと思わせないか、また自分もそう思わないで続けていくかが、ちょっとわかってきた」とか。

わたしに関して言えば、話始め(起点)がちょっとおずおず、声が小さめだったり、はっきりしないのが、頭からカーンと声を出して、複数の相手の顔を順に見ていく余裕まで持てる、その確率が高くなったかな。

さて、3回目のワークショップのテーマはemotions。
angry, excited, worried, sadなどを、程度を1-10まで素早く変えて表現する。
これでwarm-up。

こりゃ楽しい。やるのも楽しいが、見るのも楽しい。
10数人の芸達者がいっせいに、指示されたあるemotionを表現する。
壮観だ。

見学していたら、「発狂?」と思うかもしれない。
やっている本人たちは、やたら楽しい。

(リードアラウドでもemotionsをテーマにするとき、これをしたら?と思いつく。
子どもたち、絶対楽しめるし、emotionsの形容詞を身体で理解できる)

それから、イス2脚をバスの座席に見立てて、状況寸劇。
ひとりは、たまたまそこに居合わせた乗客役。
隣に座る乗客役に、もうひとり。
こちらには、ひとつのemotionとその度合いが指示される。

たとえば、「worried, level 10」との指示を受ける。
すると、とっさに例えば「体臭が臭くないか気にしすぎの人」になって、バスの席に座り、隣に「臭わないか」とパラノイア的にいろいろ話しかける。
隣の人は、適当なキャラクターを作って、受答えする。

感情を、次々と即興で表出する。
そのテンションを、自在に変える。
これらのことを学ぶゲームだろう。

もうひとつ、どきどきもののゲームもあった。
あるテーマについて、それぞれ作ったキャラで、ふたりが話をする。
それを、リレー式に、違うキャラになった新たな人が交代して続け、最後に全体としてその「ドラマ」を終えさせる。

(退屈な「英会話」の教科書のスキットを暗記して学ぶ時期もあっていいが、ある程度それをしたら、より早い段階で、こんな即興寸劇で「会話」を学ぶと、実践的かも?日本の英会話学習に思いを馳せる)

もうひとつのペア寸劇。
ひとりはemotionを、もうひとりはsituationを、お互いに知られないように決める。
ふたりはそれぞれ、相手のemotionなりsituationをその場で察し、応対していく。

emotion係りは、状況に合わせながらも同じemotionを保つ。
(例えば、同じscaredでも、状況で表現が変わる。scaredの種類が広がるわけだ!)

situation係りは、相手がemotionalでも状況を具体的に肉付けし、相手に対応する。
(「わたしは、マンゴでアレルギー反応が出る」がsituationなら、どうreactionを取るかは、反射神経が必要。それが養われそうだ)

これらをやりながら、とっさに出てくる仲間たちの嗜好というか、癖が、自分を含めて徐々に見えてくるのも興味深い。

わたしは、「汚れ役」とか「キワ物」が好きなのか?
気難しいわがままばあさんとか、きれい好きな掃除のおばさんとか、急に自分が演じ出すのがおかしい。

あ、天使のようなおかあさん、聞き分けのない子ども、というのも急に降りてきた役。

まあ、まだまだimproviserとしては、初心者だということは確か。

…こうして、9:30pmにワークショップが終わり、本数の少ないバスに遅れないよう、バス停にダッシュ。
そうしてら、バス停にいた黒人のおばさんがハイテンションで、電話中。
電話で会話途中なのにもかかわらず、「大阪のおばちゃん」的好人物さ全開(レベル10?)で、
「バスはあと5分でくるよ!」と、大声で教えてくれる。
キャラを演じている?

まるでワークショップの延長だ。

バスに乗ったら、運転手さんも、次々変わる隣の乗客も、「みんなインプロ劇の出演者?」と思ってしまいそう。
分かりやすいキャラで、どんどんしゃべる。

インプロはアメリカ社会的なのか。
アメリカ社会がインプロ的なのか。

Changing emotions:シアターゲーム(インプロ)の例