Do you like~?で飛び出したpolitics@キッズブックス英語スクール

英語は「知っている」だけでは「使えない」。

口から英語を自動的に出す、シアターゲーム、Word Ballをいつものように、小学生クラスでやった。

この日は、Do you like〜/Do you like to〜を言いながら、相手にballを投げることにした。

Do you like snow?

Yes, I do./ Do you like 〜?…と、単純だけれど、なかなか「~」がでないもの。そこで、このような簡単なゲームをして、とっさに英語が出るようにしていく。

この日もしばし、続けていると突然、

Do you like Abe so-ri?

と、ひとりが言ってきた。

その3年生の、せっかくのノリに水をささぬよう、prime ministerなどと言い直さないで、だまっていると、だれかが、

No, I don’t.

Yes, I do で答えることにしていたのに、コレ。

 

Do you like Suga so-ri?

ときて、また、No, I don’t.

英語だからと、今度は

Do you like Mr. Trump?

 

するっと、Yes, I do. の答え。

その答えに対して、えええっ?と、驚きの声が。

 

ここで一句:

この冬日

おや珍しく

politics

@スクール

政治に一矢(いっし)

Covid-19の「おかげ」?〜キッズブックス英語スクール

2020年はコロナ(Covid-19)感染症がきっかけで、スクールもオンラインで授業する時期を持つことになった。また、最初からオンラインでの講座も開講し始めた。

「オンラインで開講」の発想は、Covid-19の「せい」というより、多分「おかげ」といった方がいいのだろう。

 

元は対面授業だった生徒が、しばらくオンライン授業になって、また対面になって、またオンラインに…… となると、対面授業とオンライン授業での、学びの違いに、いやでも気づかされる。

いくつか、親子クラス小学生クラスで見られたその違いを、「オンライン効果」のプラスとマイナスに分けて挙げてみる。

【プラス効果】

・生徒一人ひとりの存在感が増す

集団の対面レッスンでは、静かでみんなの中で埋もれがちな生徒が、オンラインで平等な声の大きさと画面上の面積を得て、クラスの中で以前より目立つようになった。

「こんなにこの生徒は、よく理解している」ということを、指導者は認識を新たにした。対面ではかき消されそうな細い声が、マイクを通してしっかり、そして発音も素晴らしかったりするのが印象付けられる。

 

・引っ込み思案が少なくなる

対面では、多分他のクラスメイトを意識し(しすぎ?)、発言できないことがある生徒も、クラスメイトの存在がそこになくて、自分と指導者の二者だけと感じて、発言が楽になる。

 

・集中する

小学生クラスからは、10分ほどGrammarのワークブックを、解説を挟みながらするが、おしゃべりもよそ見もなく、感心するほど集中するので、時間内に必ず終われる。

 

【マイナス効果】

・やる気を失う

少数派だが、年齢が上(小学生高学年など)でも下(低学年)でも、その気質の子どもがいる。画面に向かって話をすることが、何か本能的に嫌なのか、またはもっと単純に、一箇所にじっとしていられないのか、画面で視線が合わせず、やる気を起こさない。

親がいる空気が嫌なのか、機械に慣れればいいのか、年齢が上になればいいのか、原因不明。

 

・アクティビティが楽しくない

知っているだけでは、なかなか使えない英語を、反射的に口に出せるようにする、英語運用のアクティビティを、対面授業では行うが、これが楽しい。体を使いながら、英語を「口走る」。遊びに見えたり感じるが、実は英語を使えるようにするための理にかなった学習法だと思うし、生徒たちもハッスルする。

ところが、オンラインではこの楽しさ、興奮の再現が難しい。どうも生身の人間の「意識の塊」のようなものが、サイバー空間で消えてしまうようなのだ。

あまり楽しくない。やりようはあるはずで、こちらの研究不足だろう。でも、生身の人間と言葉を交わすことで刺激を受ける脳の部分はあって、それが喜びと、語学学習にかけがえのない作用をもたらすものなのかもしれない。

 

 

より合理的な英語学習を〜絵本リードアラウド発表会@キッズブックス英語スクール

英語を絵本で総合的に学ぶ、わがスクールの年2回の発表会は、これまで生徒たちの英語上達のジャンプボードになってきた大切なイベントだ。

冬の発表会を終えて、ここまでの生徒たちの成長をめで、次のチャレンジにどう道をつけようかと考えるのが早春の楽しみだ。そんな生徒の存在がとても嬉しい。

さて、ここでもう一度、そんな生徒を育ててくれるリードアラウドの発表会の「力」を考えてみたい。

発表会とその練習をすることは….

  1. 反復学習の動機付けになる:語学学習に必須の反復学習だが、まだたいての子どもは、自分の意思で英語を学んでいるわけではない。その気にするのに発表会はうまく機能する。  
  2. モニタリングになる:クラスメイトの英語をよく聞くようになると同時に、自分の英語もいい意味で気にして聞くようになる。
  3. 意味のあるインプットとアウトプットになる:発表は自分の読みにクラスメイトが応える読み合いや朗読劇風になるので、表現豊かに読むという学び(インプット)に目的があり、読む(言う)というアウトプットは「素振り」でなく相手がいる。インプットとアウトプットに意味があることが、学びを脳により深く認知させることが、科学的に言われている。
  4. 語彙の定着が促進される:文脈の中で使われている語彙が、何度も口に登り定着しやすくなる。認知心理学や第二言語習得論などで言われている合理的な語彙の学習方法となっている。
  5. 発音、文字の解読の無意識化が促される:「知っているのと使えるのは違う」ことが科学的に言われている。知っているだけでは、なかなか英語が使えないが、無意識下に記憶されたものは、使える可能性が高くなる。反復され、意味のあるアウトプットもされた言葉は、特に発音、解読は自然に口に登るようになる。

英語絵本で豊かな表現方法を考える〜リードアラウド研究会

月に一回、リードアラウドの指導方法と豊かな表現方法を学ぶ『絵本リードアラウド認定講師講座オンライン』を開いている。

毎回、継続の受講者に加え、初めて受講する方がいる。経験者と初心者が影響し合う様子や反応が、とても興味深い。

11月の課題書は『Where the Wild Things Are』だった。全三時間の講座のうち、ほぼ半分を表現演習に当てる。一番はじめに、各人に一通り読んでもらう。ウォームアップと、受講者のバックグラウンドのおおよそを知り、用意している演習を微調整するためだ。

この日の通読で分かったこと。読むときの声を意識しているかしていないかで、聞こえ方が違うということ。これは最初に気付くことだと思う。

この意識のスイッチを持つだけでも、初めての人は受講した意義があるはず。そのための演習を一つ用意している。この日もお役に立てたかもしれない。

『Where the Wild Things Are』では、ところどころに登場人物の台詞がある。一つ一つどういう人物か確認したり、キャラクターを想像・造形したりする。ナレーター部分も、進行する物語に対応するキャラクターを考える。

一回の演習で即効的に深みのある表現を行うには、適切なキャラクター分析と合った台詞にしようという意思や意識が必要だと思う。実際に表現できるかは、個々で必要な練習量に差があるから、まずは頭を変える。身体は少しずつ。

講座始めの朗読を聞くと、受講回数を重ねてきている人の意識がオンになっていると分かる。受講生のそういった良い方向への変化を見出だせると嬉しい。

英語非母語話者の子どもに、『Where the Wild Things Are』くらい長くてドラマチックな絵本を、ある程度理解させ、飽きさせず物語を楽しませるには、言語の解説へ注力するより、まずは言語の奥にある情動を表現することが必要だ。そのために、指導者はある程度、身体を張らなければならない。講座は盛りだくさんだったが、表現に関しては、予想どうり、この台詞部分の表現演習は効果を上げたようだ。

また、台詞以外のナレーション部分では、the Wild Thingsが見せる威かしの動作を熱を込めて表現してもらった。動作と言葉の音を結びつけた表現を、自分が思うレベルの何倍にもする演習が、各人の表現の幅を広げた感触がある。

最後のみなさんのread aloudは、様変わりしていた。新人は新人なりに変化を見せ、継続受講者は認識を新たにしたり掘り下げたり。といってもまだ荒削りだが、物語が立体的に見えてきた。そして、よろしい兆候……物語が短く感じられた。それだけ引き込まれる部分が増えたということだろう。次回が楽しみだ。

後半の指導方法の演習については、また次の機会に。

ーつづくー

Where the Wild Things Are ( Caldecott Collection )

絵本リードアラウド認定講師講座オンライン

絵本リードアラウド認定講師講座第8回報告(全)〜リードアラウド研究会

今回の「絵本リードアラウド認定講師講座」課題書は、オーストラリアの固有動物ウォンバットの、日記という設定の、ユニークな作品『Diary of a Wombat』。

 

まずはいつものように、しょっぱなにみなさんに自習したリードアラウドをしてもらう。

本講座今期はベテランぞろいなので、もうこの「自習」の成果自体が楽しみだ。

今期のテーマの一つ、「キャラクター作り」も期待が膨らむ。

 

・・・そして、今回光ったのは、

子どもにしたくなるwombatを、ちょっと図々しい「おばさん」にしたてた朗読!笑わせて頂いた。

 

さて本書の解釈では、二重構造ということに気づきたい。Wombatの視点(日記に書かれている)と、共生?している人間の一家の視点だ。

Wombatが「思い込み」していること、無意識にとっている行動が、人間とは違ったり、人間を困惑させているところに、ユーモアが生まれる。

Wombatの日記に記した言葉だけで、人間側に困惑や可笑しみを感じさせる、そういった表現を考えてみた。

 

例えばWombatの日常描写は「Slept」そして「Ate carrots」が多い。slept, slept, sleptと続くところで、どう観客に笑ってもらうか。

食べてばかり、ニンジンばかり、という部分でどういう可笑しさがあるか。

芸の見せ所。演るのも、それを見るのも楽しいものだった。

 

それから指導者としての「使命」、本書で何を教えるか、どう教えるかについて、ディスカッションと実技。

指導者が本書で、生徒に教えたくなるのは、何についてだろう。

わたしの場合は、自分が「無駄だった」と思う、または「回り道だった」と思う学び方をした数々のうちの一つ、動詞の過去形。

児童文学を前にして、動詞の過去形を学ぼう、なんていうのは浅い感じがするが、しかし。絵本を読むことはその言語を学ぶこと、私たちの場合は英語指導でもあるのだから、立派な目的か。

さてその過去形、いろいろ規則があったりなかったり、面倒だ。会話の最中に、なかなか自然に過去形にできていなかったり。大人だって、苦労した記憶がまだセピア色になっていないのではないだろうか。

第二言語習得論の研究で言えば、母語者もこれをマスターするのは、時期的に意外と、後の方と言われている。つまり、毎日英語を聞いて話している子どもにも難しい。

 

本書は日記形式なので、動詞過去形のオンパレード。一通り本書で使われている動詞を学んだ後で、または学びながら、生徒の口から反射的に過去形が出るようにするアクティビティ、シアターゲームの一つを紹介し、実際に皆さんと行った(楽しんだ!)。

なんのことはない、かつて紹介済みのWord Ballを、wordではなく「I slept」など短いセンテンスで行うだけのもの。そうではあるが、英語でのこうしたimprov.は、本当に効果的だと思う。

後半の模擬指導演習は、Wombatだけでなく、Humansの気持ちも対比させる発問と応答で進めた。

ただ漫然と、というか逐語訳の模範解答的に文を解釈させるのではない、簡単に聞こえるが実は内容を掘り下げる発問をする癖をつける演習だ。

双方向型指導で進めるなら、指導者もある程度の深みまで読解しなければ、いい発問ができない。そこのところは、「分析」としてディスカッションした。

自由に意見を述べ、自分とは違った見方を知る機会を持つことは、そのように生徒を指導したいリードアラウド指導者自身にも、欠かせない。

 

最後の仕上げ(一二歩手前?)、どうなりますか。次回が楽しみだ。