教則本は「絵本」かなあ。〜キッズブックス英語スクール

「絵本で英語を学ぶ」というとき、絵のついた教科書というか教則本のことを「絵本」と呼んでいることも多い。
教材出版社や研究者や機関が著者の本だ。

しかし、わたしがスクール指導者向けのワークショップで使う「絵本」は、こういった教則本ではない。
教則本は、その芸術性において、一流の絵本作家による優れた絵本とは似て非なるものだ。

まれに、元々教育を意図した教則本でありながら、絵本作家とともにコストをかけてきっちり作り上げ、「絵本」と呼べるものに仕上がっていることがある。
(例えば、Dr. SeussのI Can Read シリーズや、Richard Scarryの本)。

絵本と、絵のついた教則本(教科書)の違いは何か。
絵本には情操を育む深みがある。
大人も本気で感心させる何かを持っている。
楽しいから何度も読む。

教則本は内容が薄っぺらい。
1回読んだらもう十分。
教える気がむんむんして、勉強臭い。

もう20年ほど、「絵本」と呼べる教則本の出現を期待しているが、いまだ出会っていない。

例えば、指導者の下心として、「顔のパーツを教えたい」と思うとする。
教則本では、
「What do you have?」
「I have two eyes.」
なんていう会話で話がはじまるのだ。
「あなたは何がありますか」
「わたしには2つの目があります」
こんな唐突な会話をするシチュエーションなんて、まったく不自然。
でも、平気でするのが教則本だ。

絵本ならどうか。
Go Away, Big Green Monster!』では、なぞのモンスターが少しずつ姿を現していく。
「目だ!」「鼻だ!」……と顔のパーツが順に見えてくる。
物語として自然に、顔のパーツがキーとなっている。
読みすすめるうちに、顔のパーツの語彙が頭に入っていく。

差は歴然としている。
子どもの食いつき方も全然違う。
絵本と教則本では、一冊の制作にかける熱意と才能が、全然違うと言わざるを得ない。
子どもだって、見る目がある。
子どもだからこそ、見る目がある。

だからやっぱり、わたしは本物の絵本を使いたい。
本物の絵本を使いこなせる先生でありたい。
指導者が「こんなもの」と思ってしまう本では、子どもに申し訳ない。

Go Away, Big Green Monster!