謎の「ネイティブ発音少年」@小学校

試行錯誤が続く、公立小学校での放課後課外授業のリードアラウド。

今週は、「わからない!」と叫んだり、ふさぎ込んだりしがちな子に、それとなく呼びかけての「秘密練習」グループを、別に設けてみた。

動物の親子がペアで、大文字と小文字を合わせるゲームカード、Go Fishを使った。

この「秘密練習」は、補助でついて下さっている先生方の練習も兼ねていた。
このカードに登場する動物、案外珍しいものが入っている。
walrus=セイウチ
narwhal=イッカク(クジラ)とか。

これらの名前を知りその発音を練習をして、それぞれの頭文字beginning lettersを通して、アルファベットの大文字と小文字に親しむ。
それを、Concentration(神経衰弱)ゲームでやっていくのだ。

「英語の文字がいっぱい」「読めるはずない」という内なる声が大きすぎ傾向のある子や、ただただじっとしていられない子との、英語を介した有効な時間の過ごし方として、エーイ、絵本は一度わきに置いてみた。
そして、距離的にも近くに座り、一対一の会話、発音指導を重視した。

その中で、素敵な発見があった。
ひとり、なぜか「ネイティブ発音」の子がいたのだ。
文字は読めないが出る動物の絵で、ほとんど発音が出来て、それがperfect!

「なんで?」
と尋ねても、答えはやはり1年生だ。
「わからない」。

お手本として、仲間や先生方のために何度も発音させた。
「また、なんでぼくが?」
と、でも、まんざらではない表情。

不思議なことに、仲間が出来るとなると、他の子も一生懸命それをまねようとする。
素晴らしい発音のオンパレード!
生徒が手本になり、他の生徒がそれをまねる。
100%生徒による、夢のような学習時間!
ルールもきちんと守って、ゲームとしても上々の出来。

先週、騒いだり叫んだり、ふさぎ込んだりしていた子らが、この日は見違える程元気になって、わたしも元気に。

でも、なんで本物発音が出来るのか。
なぜ、あの少年はその訳を、「知らない」「わからない」というのだろう。
目下の謎だ。

BBCの『Sherlock』が凄い

コナンドイル原作の『シャーロック・ホームズ』シリーズを、イギリスBBC放送が舞台を現代に置き換えて、ドラマ『Sherlock』にした。

2010年に始まり、2013年には新エピソードも作られることになっている。
主人公Sherlockは、30歳代のconsulting detective、助手のDr.Watsonは、アフガニスタンに従軍経験を持つ同年代の青年だ。

19世紀が舞台の原作同様に、Baker Streetにふたりは住んでいる。
いつもパイプをくわえていたSherlockは、今はニコチン・パッチを貼っている。
頭脳明晰は新作も同じなのだが、新Sherlockは、ITの使い手として達人でもある。

原作では「講義をするように」、ビクトリアン英語で、とうとうと推理を述べるSherlock。
この新作でSherlockを演じるBenedict Cumberbatchは、なんとも言えない、気取ってはいないのだが鼻から頭頂に抜けるような美しい声で、流れるように話す。

通訳しろと言われても、今のわたしにはちょっと無理。
明晰なSherlockの頭脳から、立石に水のように、論理的で知的な語彙の言葉が溢れ出る。
長台詞だ。

ぴったりはまって演じている役者、Cumberbatchは、ただ者ではないはずだと調べたら、やはり筋金入りの役者だった。
両親ともに有名な俳優で、初めから俳優志望。
名門校から舞台演劇を専攻し、舞台、映画、TVと活躍して来た若手だった。

滲み出る知性、育ちのよさを感じる。
とっぴで冷徹なSherlockが自然に感じられ、つまり役作りがうまい。
何と言っても、台詞まわしが美しい!

Sherlockだけではない。
Watson演じるMartin Freemanがまた上手い。
話題の映画大作『The Hobbit』では、主人公も演じる名優だ。
「庶民」感が、あたたかい。

カメラ・ワークも斬新。
ロンドンの街のフレームも魅力的。
物語も、原作を下敷きにした、Sherlockファンを失望させないイメージを上手に現代に置き換えている。
ロンドンに行きたくなった。

ウーム。
毎週火曜日の「ミステリー・チャンネル」、張り付いていなければならなくなってしまった。

小学生、なぜすでに英語に劣等感?:公立小学校で思うこと

公立小学校の課外授業で、英語絵本リードアラウド指導、そして指導者研修をしている。

毎年、新年度になり新しい参加者を迎えると、だいたい2、30人中数人、英語が「ヤダ!ヤダ!」と頭ごなしに言う子がいる。

驚くのは、それが小学生で、おまけに低学年、「ぴかぴか」の1年生にもいることだ。
「なんで?」と最初は疑問に思った。

だが、足掛け4年ほどそんな子たちを毎年見て思うのは、劣等感のこと。
多分、どこかで既に抱いてしまった劣等感が、本当はやれるものを出来ないと子に思わせ、結果的にやれないものにしてしまっているのではないか。

例えば、こんなことがあった。
「大文字」という意味の「uppercase」を、復唱させたときのこと。
「あっぱーけーす」と、言えばいい。
ところが、ひとりが闇雲に「できない」「むずかしい」と言って拒んだ。
にらめっこの「あっぷぷ」を言わせて、やっと、本当に闇から声を引っ張り出すような感じで「あっぷ」+「ぷあ」を言わせた。

この子、1年生だ。
まだ、耳で聞いて、オウム返しはオチャノコサイサイの年頃である。
なのに、この彼の「ぼくはできない」と言い切る確信の強さはどうだ。
もしかしたら「学習障害」なのかもしれないが、限られた時間での印象は、形質的原因というより心理的なものだろうということ。
それはたぶん、これも劣等感のせい。

英語に、すでに劣等感を持ってしまっている子は、どこかで既に英語経験をした結果か、塾などで先取り英語学習をしている子と、自分を比べるからかも知れない。

大人が「成績」へのこだわりとか、自分の失敗や劣等感を、過剰に子に伝えてしまうのか?

国民性として、「他人と比べる」性癖が強いのか?

いやいや、「雑音」をはねのけるバネを持たない子が、今の日本の風土に多く育っているのでは?

起因はわからない。
でもこれまで、過剰なる劣等感というものが、子どもの成長、そして人としての成長を邪魔してきたのを見ている。

子には無限に近い可能性があること、努力の先にもっと楽しいことがあること、そして語学ならなおさら、小さい今のうちなら努力も大したことないことなど、周囲が伝えたい。
肉親や身近かな大人が、劣等感を持つ余地がないほど、その子にはもっと夢があることを語ったり感じさせて欲しい。

英語指導者が言うのもおかしいが、英語の前にわたしたち大人は、子にしてあげることがありそうだ。

週に1時間弱程度、それも課外授業を指導するものには、本当に微力しかない。
とは言え、英語の楽しさを、より分かりやすく伝えられるよう努力は続けようと思う。

リードアラウド・ワークショップ発表会12月15日

いよいよ12月15日(13:30〜16:40)のリードアラウド・ワークショップ発表会が近づいてきた。
今年は、朗読・朗読劇の発表のみ。

2012年度の「絵本リードアラウド・ワークショップ」「英語絵本朗読ワークショップ」「絵本朗読初級クラス」に参加された方は、見学にお越しください。
参加希望の方は、キッズブックスまでご連絡を。
https://secure.shop-pro.jp/?mode=inq&shop_id=PA01010477
通年で取り組んできた「成果」を、どうぞご覧ください。

発表会後、時間がとれる方は、近所のバフェット・スタイル(野菜料理が充実、2180円ソフトドリンク付き)のレストランで歓談しながら食事をご一緒に楽しみませんか。
17:00ごろから90分ほど。

それではみなさん、15日に。

英語絵本朗読、リードアラウド上達ヒント:登場人物の台詞

先日の指導者向けリードアラウド・ワークショップでは、参加者全員が絵本の登場人物とナレーター合わせて10人分の声を、予め用意して臨んだことに感慨を覚えた。

英語絵本の朗読が、実に楽しく聞けた。
英語が母語ではない子どもたちにも、これなら伝わるものがあるはずだ。

でも、表現の世界にはまだまだ、「上」がある。
どこを、どうしたらさらに「上」に行けるのか。
考えてみた。

これまでのみなさんに、ほぼ共通して言えることがある。
登場する子どもの声やいいまわしが、まだ不自然。
これを、本物の子どもらしくすること。

どこか観念的な「子どもらしさ」で作っていて、そこに工夫の余地がある。
清涼剤のような役目をする、子どもの純真な声が欲しいのだ。

先日、ラジオで古い日本のヒット曲がかかった。
小坂明子さんの「あなた」。
♪もしも〜わたしが〜家をたてたな〜ら」という歌。
この声、少女の声なのだ。

もうひとつ少女を挙げるなら、宇多田ヒカルさんのデビューアルバムの声。
純真だ。

少年なら、『Ben』を歌う少年時代のマイケル・ジャクソンか。

わたし自身も苦労している。
アンデルセンの『絵のない絵本』を練習していると、どうも「少女」がいけない。
ふけすぎたり、ひねくれていたり、カマトトだったり。
気味悪い声になる。
どこかで悪魔に少女の魂を売ってしまったのか、と情けなくなる。

自身に実経験のない「少年」のほうが、客観的になれてずっと楽だ。

チャレンジだが、この子どもの声の「チャンネル」を持つと、絵本の朗読がさらに立体化する。
同時に、その声に子どもたちが「はっ」と反応し、その本への興味を深めてくれるはず。