Dr. Seussのトリヴィア〜今月の課題書『The Foot Book』の作者

●愛煙家だったらしいが、タバコを吸っている写真が一枚もない!
「絵本作家はタバコを吸うべきではない」という本人の強い信念から、喫煙姿は撮影禁止。禁煙時代の作品、Hunches in Bunches の「寂しい海の桟橋」シーンは、当時の心象イメージ。禁煙によるストレスが表れているらしい。

●Dr. Seuss的禁煙法はエコ?
特に電話中、タバコが欠かせなかった。そこで、コーンパイプにミズゴケを詰め、ラディッシュの種を植え、吸いたくなるとそこに水をやった、という話。

● 第39作目、I Can Read with my Eyes Shut の献辞にE.G. とは、だれのこと?
当時、視力の衰え(白内障、後に手術)を感じていた。 お世話になっていたEye Guy=おメメ専門家=眼科医に捧げたもの。

● 「なぜ本を書くのですか」への答えは?
「わたしには物事を拡大解釈する傾向があって、それを苦なくそのまま文章にできる。そしてそれを笑ってもらえるの喜びになる」「書くのは穴ほりより簡単!おっと、これも拡大解釈だね」。75歳の誕生日に。

● 1975年出版のOh, the Thinks You Can ThinkのNYタイムズの評は?
「本作者の作品中で最高の出来ではないが、ノーベル賞級。つまり『人類に甚大な影響を与えた』」。全業績から定評は「American Language への貢献」。

● 1965年当時のDr.Seuss本人の好きな作品は?その頃の売れっ子ぶりは?
1. Horton
2. How the Grinch Stole Christmas!
How the Grinch Stole Christmas!

1964年度の印税収入が、$200,000(絵本作家を始めた当初、印税は年$5,000あれば生活できると見通しを立てていた)。1ドル360円の時代だったので……7200万円!

● How the Grinch Stole Christmas! はアメリカでクリスマスの「国民的」キャラクター。人気の秘密は?
1966年に名優ボリス・カーロフの吹き替えで、TV版が初放映されて以来、毎年再放送されるクリスマス番組の定番に。クリスマスがテーマにもかかわらず、宗教色がない。作者のこだわりは、その無宗教性と商業化したクリスマスに反対する批判性。

● Dr. Seussとしてのデビュー作は?
1937年のAnd to Think That I Saw It on Mulberry Street。27の出版社に断られた直後、道で偶然会った旧友が編集者で、即出版が決まった。テキストもイラストも両方重要だと考えた、最初の作家のひとり。

1991年モーリス・センダクは「革命的な本だ……(子どもの)動物的感性にうったえる本」と絶賛。「やかましい絵とやかましい言葉が溢れる、偉大なやかましい本」。

● 時代を経て、内容改訂を迫られたものは?
And to Think That I Saw It on Muberry Streetの中の “ I had a gentleman with pigtail”と”Chinaman”。→改訂に同意、(蔑視的と見られた)ベン髪をつけた黄色い顔のチャイナマンから、ベン髪が消され、黄色がとられ、Chinese manに。作家本人いわく「アイルランド人みたいになった」 。
もう一カ所、”Even Jane could think of that” (「女のジェーンでさえも考えられた」と読まれたため)。→これは「実際にそれを考えられたのが、ジェーンだったから」と弁明、変更なし。

● 時代を経て、内容改訂を迫られたものは?2冊目。
The Lorax(1971)中の”I hear things are just as bad up in Lake Erie”。その後、エリー湖の水質がよくなった。出版15年後に、”are”を“were”にという要請が。→行ごと消された。
この他、ベトナム戦争後の環境保護思想が強くなり、the Loraxは「森林伐採が描かれていて不適」と批判されたが、文学だからと応じなかった。

● 1989年85歳になり、「最後の作品」と意識して制作した会心の作とは?
Oh, the Places You’ll Go. 90年に出版されるや、NYタイムズの大人本のベストセラー・リストに2年連続登場。その間で150万部売上げ、今も門出を祝う卒業シーズンのプレゼント定番。本人曰く「(子ども向けとしてではなく)Write for peopleという夢が叶った」。
Oh, the Places You'll Go! (Classic Seuss)

●絵本作家がアカデミー賞受賞!?
1947年のアカデミー賞ドキュメンタリーフィルム部門で、Geiselという本名で脚本を担当したDesign for Deathがオスカー。もとはOur Job in Japanという、敗戦直後の日本に進駐するアメリカ軍人向けに、陸軍で作った教育フィルム。オリジナルは、「日本に肩入れし過ぎ」と進駐軍の長、マッカーサーにボツにされた。

● Horton Hears a Whoは、Mitsuji Nakamuraという日本人に捧げられているがWho?
1953年の日本訪問で知り合った京都大学の教授。このHortonのテーマ” A person’s a person no matter how small” (いくら小さくとも、ひとはれっきとしたひと)を思いついたのは、日本訪問がきっかけ。

● 作家本人も認める最大の「失敗作」Infantographとは?
本ではなく、特許を取り1939年のNew Yor k 世界博覧会に出品した発明品。男女の1組の顔から、ふたりの「未来の子ども」のモンタージュ写真を制作する機械。「男親」の口ヒゲまでも合成され、子どもの顔の一部になってしまい不評。

● Horton Hatches the Eggの木に登るゾウ、Hortonの発想はどこから?
机の上に置きっぱなしにした、ゾウを描いたトレーシング・ペーパーと、木を描いたもの同士が、風でひらひら重なったのを、散歩から戻った作家が発見……。しかし、物語が完結するきっかけは、1939年のナチのパリ侵攻。ちなみに、本書の出版をきっかけに、人生の目的(絵本作家としてやっていく)を自覚。

● 1953年に船で来日し4週間ほど滞在、その目的は?
「進駐軍が、敗戦後の日本の子どもたちの意識をどう変化させたか」のLife誌の取材。共同調査した妻の感想:Life couldn’t be stranger(不思議だらけ!)。掲載された記事Japan’s Young Dreamは、大幅に改ざんされていて、衝撃受ける。

● Dr. Seussのテキストは、英語のまま、音読しないとわからない?!
おふざけイメージだが、実は緻密に韻律の規則にのっとっている。そこに個性的ユーモアをはさむ。声に出して読むと、韻律が響き調子がいい。口舌の心地よさと、内容のおかしさが「名人芸」!
韻律のスタイル例。If I Ran the Circus より。
No former | performer’s | performed this | performance!(弱/強/弱/強)

● 翻訳不可能!の本がある?
Yes! たとえば、Oh Say Can You Say?
テキスト全体が、早口言葉になっている。英語のアナウンサー目指す人必修!
Oh, Say Can You Say?

●Dr. Seussの「ドクター」は、ほんとの博士号?
オックスフォード大学の博士課程で英語、文学の研究者を目指していたが、授業中落書きばかりしていた。「マンガ家になったら」という同級生の言葉で、決心。その同級生と結婚し中退。博士号はなし!ペンネーム。

● タイトルがめっぽう面白い。コピーライトの天才?
Yes! 86歳当時のスローガンも:We can…and we’ve got to…do better than this. (できる、そしてやるなら今以上にいい仕事をしなければ)
タイトル:You’re Only Old Once(一生に一度しか老いない)/Hop on Pop

● オバマ大統領もDr. Seuss作品が大好きだった!?
10歳の時、オバマ少年がずっと楽しみにしていたHow the Grinch Stole ChristmasのTV番組を、お父さんが見てはならない言った。ケニアからはるばるやってきたお父さんではあったが、オバマ少年はムッとしたと、伝記にある。

● Dr. Seussが亡くなって開かれた「お別れ会」の弔辞は、Green Eggs and Hamだった?
マーティン・ルーサー・キング牧師の弟子で、アフリカ系初の大統領候補だった、ジャクソン牧師が、その本を朗読して感動を呼んだという。
Green Eggs and Ham [With CD]