NYブロードウェイで声とせりふを考える

ブックエキスポの合間、せっかくNYにいるのだからと観劇に出かけた。目的は、リンカーン・シアターの傘下にあるBelasco Theatreで上演中のAugust Wilson演出による「Joe Turner’s Come and Gone」である。

舞台は、1911年の鉄鋼の街、ピッツバーグのボーディングハウス(賄い付きの下宿)。アメリカ合衆国北部の、奴隷解放が早くに進んだ都会の下宿に集まって来る客と経営者一家を描いたもので、アフリカ系アメリカ人のエネルギーはほとばしる。そのエネルギーの負の側面、奴隷時代に心に負った傷からくる怒りと、旧大陸から受け継いだ明るさという前向きに生きようとする正の側面を立体的に描いた作品で、「オバマ大統領がいらっしゃるかも知れない」と噂が立つほどの、リバイバル話題作だ。

なんと言っても、俳優陣の声の艶と深さに圧倒された。ボーディングハウス経営者夫婦は祖父の代にfree manになり、早くから北部に移った「開かれた」黒人という設定。夫役は背が高くちょっとバスケット選手のような体型の俳優(Ernie Hudson)で、深く響く声から陽気な高い声まで自由に操り、口舌は都会的で歯切れがいい。妻役(LaTanya R.Jackson)は、丸く立体的な体型からでるハスキーでいて甲高い、コロコロころがるような、歌っているような抑揚に富んだ声も出す女優だ。

この日、一緒だった友人は白人系アメリカ人だが、「最初の方のせりふ、意味がよく理解できなかった」と言っていた。アフリカ系のなまりが強いせりふは、もちろんわたしにも始めは第2外国語というか、音楽を聞いているようだった。でもそれも慣れ、なまりが醸す安心感のようなものを感じ心地よかった。

男性の声でどういうのが美声かは、好みが分かれるだろうが、わたしがこの日、一番感心してしまったのは、主人公にあたる男優(Chad L.Coleman)の声だ。娘と自分を置いて消えた妻を捜して、南部からこの街までたどり着いた、暗い過去と深い怒りを引きずった男の役だ。うめくような声や、ためにためて爆発させる怒りの声に心が揺さぶられる。低いがかすれず響き渡る声。その深い悲しみと怒りに満ちた声だ。その声にのったせりふが凄い。男の怒り、元奴隷の怒り、人間の怒りが爆風のように飛んできて、息が止まりそうだった。

アフリカ系アメリカ人大統領の誕生で、ブロードウェイの劇場にも街にもアフリカ系の誇りがあふれているように感じる旅だった。