「中年(アナログ人間)で洋書好き」の代表として、Aera Englishに登場

 2009年9月号の『アエラ・イングリッシュ』は、「iPhoneで英語力アップ!」特集。iPhoneなど無縁そうなアナログ中年で、かつ洋書をかなり読む人間の代表として、わたしが登場している(p.20-21)。

 言ってみれば、ほとんど実験動物。ある昼下がり、賢そうな編集部の女性とカメラマン、総勢4人がわたしの部屋にiPhoneやらiPod Touchを携えてやって来た。
「さあ、これが文明の利器、iPhoneです。今、洋書とそのオーディオブックをダウンロードしてみましょう」と、さっささと画面をタッチしてあっという間に本を画面に出してくれた。
霊長類研究者の前に、オリから出された類人猿みたいに、わたしはキャッキャと喜んで、そのあまりに快適な画面操作をマネしてみる。喜ぶわたしを、賢女たちが観察しているのがわかる。写真まで撮った。

 特にサルとして気に入ったのが、向きを変えて横にしても本が読めることと、自動スクロール。スクロール速度をオーディオの速さに合わせ、それにあわせて読んでいくと、横にした画面の丈が短くとも気にならない。おまけに、読むペースを作ってくれ、しゃきしゃき読める。

「ここで止めておこう」と思って、ある操作をしてもらったら、シャバッとカラフルなしおりが降りて来た。本の途中で気になる単語は、辞書を画面に引っ張りだして解決。しばらく、賢女が手伝ってくれれば、類人猿のわたしでも出来る気がした。

 電話会社が違うので、すぐには変えないが、電話機能をつけないiPod Touchだったら、明日にでもこの電子本を手のひらのうちで読む芸当が、わたしにも出来る。ウム~。本屋がこんな出版界を壊す機械に傾倒していいのか。複雑な気持ちだ。

 それにしても、説明がアエラEのこのページにしっかり印刷されているから、とても確認しやすい。こういうときは、やっぱりなんと言っても紙の媒体だなあ、とも思う。

 賢女たちが、「気に入っていただけたようで、ほっとしました」と言って帰って行った。サルの社会学で、ある有名な古典的な発見がある。メスザルの好奇心の強いのが、そのコミュニティに新しいことを広める核になる、というものだけれど、中年コミュニティに新しいものを広めるのは、きっとわたしみたいなサルなんだな。

ESL用の教本、善し悪し(その2)

 前回は読み物について、ESLにまつわることをつらつら書いた。今日はESL用の絵本と、教材の「リーダー」について。

 英語を母語としない学生用の英語教材をELTと呼ぶが、そのなかで、中学生になる前の子どもたち用のものを、目にすることがここ十数年になって増えて来た。先日は、その代表的なイギリスで作られたシリーズをCDとともに、リードアラウドする観点から読んでみた。

 結論は、「わたしはリードアラウドに使わない」である。

 リードアラウドの「胆(きも)」は、本に感動すること。文でも絵でも、「おもしろい」「きれい」など印象に残る、芸術的だったり文学的な作品を使わないと、とても感動にまでたどり着かない。感動を与える深さがあるから、読み方も表現の工夫の余地があるし、何度も読もうと思うのだ。

 ELSにしても、リーダーにしても、まずは子どもたちを読めるようにする、という教育が一番の目的。作る人たちも、教育が専門の人たちが中心だ。その人たちが、二番目か三番目に、「まあ、ちょっと楽しく、面白く、きれいに、かわいくしておこうか」と考えたのだろう。その出来上がりがそう語る。あまり面白くも、美しくも、かわいくもない。

 絵本を18年ほど、大量に見て来たので、好き嫌いは別として、質の良し悪しはかなり判断がつく方だと自負するところもある。その目で見て、ESLとリーダーは、かなりつまらない。少なくともリードアラウドするわたしが「つまらない」と思う本は、子どもたちに何度も読ませる気にならない。子どもに失礼だと思うから使わない。

 自由な発想があっての芸術や文学だ。その発想で作った本物の本。結果として教材になることはあっても、教材として作られていない本物の本を使ってこそ、子どもたちの想像力と創造力を刺激するのではないだろうか。子どもは直観的に、懐の狭いものと広いものを見分けるようだ。そして、その広いものを選ぶのが子どもらしさのような気がしている。

 本物の本あってのリードアラウドであり、絵本の読み聞かせではないだろうか。

 ただ、一時的に「勉強」と割り切って、ESLやリーダーを識字教育として使うと効果的でもあることに、やぶさかではない。ただ、教材は絵本(本物の本)の代わりにはならないと思う。読書は、勉強ではなくお楽しみ。結果として、そんなつもりじゃないのに知識が広がったり深まったり、英語が楽になったり、将来的にはTOEFLやTOEICの点数も上がってしまうだけ。リードアラウドは、読書の楽しさを実感し、読書好きになってもらうためのものだ。読む方も聴く方も、心に響きそうなものを選んで紹介して行こうという信念が、リードアラウドをすすめるものには大切だと思う。

 アメリカ児童書界では4、50年代のベビーブームに、その潤沢な予算で特別に才能ある作家と画家にリーダー制作を依頼していた。そのため、その時代のリーダーには絵本に遜色がない、教材として作ったが芸術的文学的絵本になったような、たとえばDr.スースやA.ロベールの作品などがあるのは特記しておく。また、当時の教材リーダーの代表は『Dick & Jane』シリーズ。これが一種の反面教師になって、後のリーダーが絵本に近づいた。
The World of Dick and Jane and Friends
The World of Dick and Jane and Friends
The Cat in the Hat
The Cat in the Hat
Frog and Toad Are Friends
Frog and Toad Are Friends

指導者向けワークショップ#4(その2):翻訳版でついた表現力が英語版に乗り移る

 中西先生によるワークショップで、声のキャッチボールをしたり、心を開く一種の「柔軟体操」後、目覚ましく『あおくんときいろちゃん』の朗読がうまくなって迎えた第2時限目。わたしと『Little Blue and Little Yellow』をリードアラウドする番だ。

 中西先生のおかげ! みんなの声や心の柔軟さが違っていた。2時限目開始時から声が違う。翻訳版でほぐした心が、英語版に乗り移ったらしい。

 とはいえ、のっぺらぼうの部分がまだ散見される。ただ書かれている文字を、文字として読むだけのところだ。たとえば「Little」ひとつとっても、「あ〜、ちっちゃくてかわいいんダ。なんてかわいんだろう」と、具体的にLittle Yellowという子をイメージしながら声に出す。Little Yellowの両親は、どんな顔でどんな体型で、どんな話し方をするのか。父母の職業や年齢、どんなことを話題にしている人たちか。同様にLittle Blueの両親を、具体的にイメージする。そのお父さんが言ったセリフなのか、お母さんなのか。簡単なのは、知っている人をあてはめる方法。俳優でもいい。誰、と決めてその人になる。(これが「情報を入れる」ということ。)

 公園でふたりが遊ぶ場面では、その公園の作りをイメージする。トンネルくぐりをするが、そのトンネルが何メートルあるのか。山登り、どのくらいの高さで公園のどこにあるのか。トンネルから何メートルくらい離れている? これらの情報を入れるだけで、自然な間が取れる。頭で考えた間は、5秒なら5秒の間で、メトロノームで刻んだような間になってしまうが、公園の見取り図を頭で描いて、そこにふたりを放って自由に遊ばせよう。自然にトンネルくぐりをして、山登りをして、ア〜アと疲れる。これらを頭でイメージするのが難しかったら、その動作をちょっとでもしてみる。たとえばトンネルくぐりの動作を、その場でやって見る。架空の山登りをするジェスチャーをしてみる。

 これらのことを、この日のみなさんにその都度、伝えてみた。するとその場でつるっと、一皮もふた皮もむけたのを目撃した。素晴らしい。そう思ったのは、わたしのひいき目だけではないだろう。

 このような、指導者としてのわたしたちの表現力が、子どもたちを「教えずして教える」力になる。「tiredは疲れた、という意味」などと、わざわざ言わなくとも、見るからに疲れていればいいのだ。また、そういう説明をつけたとしたら、それが様子としっかり結びつくから、頭に残りやすい。

 さあ、わたしたち! 恥ずかしがらずに、思いっ切り表現してみよう。言葉に感情を乗せることができれば、言葉はうまく伝わる。やりやすい母語、日本語にまず乗せられたら、それを英語にそのまま移動させる。そしたら、その英語を聞いた人たち、英語の初心者たちや、ネイティブの人たちにも、意味がすっと伝わる。

 次回のWSは、『Dog & Bear』。イヌとクマに自分をシンクロさせて、それこそ自分にイヌとクマが乗り移るまで練習を重ねよう。少なくとも、正確に間違えずに読めるまでは読み込むこと。間違えなくなったら、役に没入してセリフを言ってみる。1日1回は通して読むくらいの気持ちで。また、心が少しやわらかくなり、開かれてきた今、もう一度、これまでやった本を読んでみよう。驚きがあるかも。次回の皆さんの報告を楽しみにしていよう。

 12月の発表会で、どの本を読むか、何となく心づもりを。または、どの本でも出来るように、こっそり練習をしておいてくださいね!

Little Blue and Little Yellow『Little Blue and Little Yellow』
いぬとくま いつもふたりは
『いぬとくま いつもふたりは』

Dog and Bear: Two Friends Three Stories
『Dog and Bear: Two Friends Three Stories』

指導者向けワークショップ#4、声が変わった!

 7月18日のWS、まずはボイス・演技コーチ中西先生との時間。これまでの疑問点などの確認から始まった。いろいろあったが、「若い声」の作り方についての質問では、ふくろうの練習?が、いいかも知れないとのこと。「ホ〜ホ〜」と声を出すと、高い声が出やすくなるらしい。別の機会に、こういう練習のセッションを持って頂けたらと思った。

 この日、始めは何も注意を与えず、課題書『あおくんときいろちゃん』を読んだ。その時、3つに別れたそれぞれのグループから聞こえてくる声は沈んだような、少しもcheerfulでない声だ。わたしまで暗くなる。

 それから、「体に芯を通して下さい」との指導。ぐにゃぐにゃだったり、傾いていたりの体を、地球の重力に任せるようにまっすぐ芯を意識して立つ。
もうひとつの指導は、「空気や光など周囲の環境を自分の味方にする」。感じで言うと、光のマントを羽織った感じ、または、ちょっとした「後光」が差す感じか。ひとまわりかふたまわりか、大きい自分を意識する。

 これらの指導に加え、感情を外に出すエクササイズである「声のキャッチボール」をしばし行った。これらの後に、ふたたび同じ本を読んだ。その声の、明るいこと! 声が変わった。人を魅了できる声になったのには驚いた。ユリゲラーのスプーン曲げを見たような気分だろうか。でも、これはいかがわしいものでもトリックでもない。意識するだけで変わるものがあるらしい。意識とは摩訶不思議、人間とは不思議なものだ。

 この日、みんながきっと、聞いてびっくりしたことのひとつに、「絵本を朗読するときに、本を持つのはただのスタイルだと思って下さい」ということがあるのではないだろうか。読み込んで読み込んで、ほとんど暗唱して、本は形として持つだけ。「ほとんど飾りだと思って下さい」ということだ。

 字を追うようでは演技ができない。これで、わたしも言いやすい。声を大にして、言おう。みなさんは、まだまだ読み込みが足りない!
 本の内容が自分の話になっていないから、集中が途切れる。だまされたと思って、何度も読み込んでみて欲しい。

 それからもうひとつ、母語で練習する意味についての言及には、鳥肌が立つほど興奮を覚えた。「うまく言えないせりふを、その人の出身地の関西の言葉に直して練習してもらったら、難なく上手く言えるようになった」という中西先生の経験談だ。これ、これ、そうなんです。わたしがよくいう「しらじらしい」英語の読み方というのは、棒読みだったり、大根役者チックな読み。これはスラスラとも聞こえるが、気持ちが入ってない。だから聞く人の心にも残らず右から左に出て行ってしまう。なのに、その問題点に本人も周囲も気が付かないか、問題視しない。

 日本語でこういう読みを聞けば、直感的にまずさが分かるはずだが、英語だからスラスラでありさえすればノーチェック。もっと悪いことに、それがまるで上手なものとして世にはびこっている。指導者がそんな状態では、子どもたちがちゃんとした表現をなかなか学べない。大問題だと思っていた。

指導者のこの問題を改善には、まずは同じ内容のものを日本語で練習すればいいはずだ。絵本なら翻訳の読みを練習する。こう気付いて、細々とやり始めたわけだが、それが中西先生の演技指導経験と合致! 「方向は間違っていない」と嬉しくなった。

(つづく)

リードアラウド指導者について

 リードアラウド・ワークショップを大人とする機会が増えた。参加目的は、自分のためであったり、現職の先生などが子どもたちに「読み聞かせ」たいからという場合も多い。

 現在隔月開催している「指導者向けワークショップ」には、すでに英語指導の豊富な経験のある英語の先生の他、経験がまだ浅い先生、これからの方々もいる。

 RAをしようとするとき、まず指導者自身が手本となるRAが出来ないと話にならない。また、何をして「いい」とするかの基準が、体に入っていないと務まらない。頭でなく、心から子どもたちの読みを感じとって、ダメならダメ出し、よければ良い点を褒める。これは、自分の土台が出来ていれば、自然に出来るはずだ。

 こうして、自分がそれなりに及第点のRAが出来るようになって、かつ子どもを指導する経験がすでに豊富であれば、あとはちょっとRAのポイントを授業に取入れれば、RAの自分なりのワークショップが出来るだろうと思う。

 だが、まだ英語指導経験がないか浅い場合、「RAの教え方」というものも学ぶ必要がありそうだ。いくつかのポイントの講義と、それを実践する実習とその実習のfeedback、これをセットにした指導者経験ゼロから少々の人向けに、別枠のWSの必要性を強く感じ始めた。