表現豊かにする効果的な演習:pitch〜リードアラウド研究会

どうすれば、みんながそう時間をかけずに、表現上手になれるか。

 

カルチャーセンターは、理想的な「試験場」だ。

参加者がつぶぞろい、皆さんやる気がある。

また、英語の朗読は初めてで、そんなに読み方にクセがない。

 

先日は、いくつか準備した演習がぴったりで、誰の耳にもわかるほどの効果が。

 

pitch(声の高低)演習。

Low, Middle, Highの3種の声のpitchを、L, M, Hと譜面のように本文の語句の下にふったプリントを用意した。

 

ある程度滑らかに読めるようになってから、こうしてpitchを変えることをはっきり意識すると、ぼんやりだった音の高低差がはっきりし、語句に変化がつき、イメージで言えば朗読が「キラキラ」してくる。

 

印字されたpitchの指示を見ながら読むことは、喉に自分のL, M, Hはここだ、と意識させるような作業なのだろう。

 

上がるところまではっきり上がり、下がるところまで、はっきり下がる。

メリハリもつく。

そしてpitchの違いに伴って、感情の違いも言葉に乗ってきやすくなり、表現が深まる。

 

これを「譜面」なしで、できるようにするには読み込むこと。

あとは練習だ。

 

「聞いていて楽しくなる朗読になりました」

「いろいろ違う表現が出て、朗読が生き生きしていました」

「聞いていて飽きない朗読です」

など、互いの講評でも上達が確認できたようだ。

リードアラウド認定講座第3回が終わった!その1〜リードアラウド研究会

思いっきり声を出すには広い場所が一番と、今回は36人も収容できる部屋を借りておこなった。
いつもながらこの講座では、わたしにも何かしら発見があり、いまだ絵本、朗読表現法、指導法の探求に興味は尽きない。

ここで今回の発見を。
まず声について。
「声、特にlow pitchの響きは、一朝一夕には生まれない(でも「数朝数夕」には生まれてくる!)」

癖がさほど強くない人なら、ちゃんと意識して発声練習をすれば、どうやら数カ月後あたりから変化がはっきりでてくるようだ。
というのは、今年度の新人のひとりが、まさにそういう成長を見せつけてくれているから。
受講前に別のところで聞かせてもらった朗読と、3〜4カ月間、リードアラウドの指導を受けてきたいまの朗読では、あきらかに声の奥行きが違っている。
いまは、声が響き始めている!

このすぐあとに続いているのが、先月から仲間入りした一番の新人だ。
目下、彼女は、low pitchの出し方で苦労している。
低い声を出すときに、喉の管がどこか開き足りないようで、共鳴が十分でない。かすれる。
声の通り道を広げる稽古が必要だ。
この通り道は筋肉質なので、筋トレに似た練習がいる。
筋肉質の喉の管を、あくびをするときの感じで、卵サイズにまるく広げればいい。
声を出すとき、反射的にそうなるよう、癖をつける。
その癖をつける練習が必要だ。

先日、偶然、歌舞伎役者(片岡孝太郎さん)の台詞の練習方法のインタビュー記事を読んだ。
密室状態になる車の中で行ってるとのこと。
駐車中の車にひとり入って、窓を閉めおもいっきり声をだして練習するそうだ。
彼の父(片岡仁左衛門さん)も、いまだにこの方法で練習しているとのこと。
人間国宝もそんな練習をするのか……と少し意外な感じもあるが、声や表現はそれほど真剣に稽古すべきものということなのだろう。

リードアラウド、新人たちが頑張っているなか、旧人も油断大敵である。

(続く)

Mr. Rabbit and the Lovely Present

英語絵本朗読が速攻でうまくなる方法~リードアラウド研究会

カルチャーセンターで一般向けに、英語絵本の朗読クラス(「声に出して読む英語絵本」)を担当している。

 

英語で朗読、なんて考えていなかった人たち。でもなんだか、やってみたいと頭の隅で思っていた人たち。そして、ちょっと英語には自信がある人たちである。

 

そんな人たちが、初回に英語絵本を読むと、だいたい2つの型のどちらかになる。

 

型1. 中高の英語の授業なら、「上手」と言われる、字面は一字一句がほぼ正確、だが表現と言えるものはなく、ただ読みあげたもの。文の意味や場面が浮かばない、つまり物語が見えないもの

 

型2. さまざまなクセのある、一聞「表現ある」読み方。抑揚だったりリズムは、本の内容を考えた表現ではなく、自分のクセだったり型だったりする。本自体の中身が伝わらない

 

この2つ、違って聞こえるが、実は同根。

どちらにも、文や本全体の意味や感情が、読み上げる言葉に乗っていない。結果として、聞く人に物語が見えてこない。

 

「言葉に気持ちを乗せて!」

 

わたしも朗読修行時代に、若い先生によく言われた。

 

どうしたらいいのか。方法を模索したその時の苦しさは、忘れられない。

 

文を何度も読み、念力のようなもので感情を絞り出し、それが消えないうちに、乗せるべき文を読んで、成功率を徐々に上げていったものだ。

 

苦しいので、万人に勧める方法ではない。

 

カルチャーセンターでは、わたしがリードアラウド「苦節10数年」で手応えを感じている、ある方法を使う。

そして、それは実に効果的だと思う。

 

これ。

感情の解放作戦である。

 

感情の解放に関して、子どもはうまい。

たいてい「勉強じゃない」と言われると、すぐ解放的になれる。

 

問題は大人。

 

行儀のいい、優等生タイプの大人は、かなり日常は感情を抑えているので、特に感情の解放が難しい。

 

もしかして感情を出す「弁」が退化している?

と思うほどの、頑なに感情を見せない優等生タイプもいる。

 

そこで、感情の解放には、心の柔軟体操が必要になる。

 

カルチャーセンターでは、こんなことをして成功している。

 

例えば、物語に出てくる「tiny tiny」とか「wild wild」といった柔らかい、優しさ溢れる表現。これを硬く、または平坦に、または意味ない抑揚をつけて読んでいたら…

 

言葉回しのゲームである。

 

輪になって、これらの形容詞や、形容詞と名詞(warm furなど)の組み合わせに、何かひとつ感情とアクションをつけて、隣の人に向かって言う。

 

言われた人は、同じ言葉にまず前の人の言い方とアクションをつけてまずマネて言う。

それから、次の人に、新しい違った感情とアクションをつけて言う。

これを回していく。そして、他の語句で続けていく。

 

シアターゲーム(improvisation)の手法だが、とても表現をつけるうえで有効な演習だ。

 

この「柔軟体操」自体、楽しいのも大変よろしい。

不思議なことに、参加者に笑みがこぼれる。

身体がほぐれると、いい表現が生まれてくる。

自然な表現があちこちに現れる。

すると、読んでいるひとの表情が緩み、嬉しそうになるのが面白い。

そして、表情は伝播する。

 

 

 

2017年度、絵本リードアラウド認定講師発表会が終わった(2)もう一息のところ〜リードアラウド研究会

(1)のつづき

もう一息のところも、もちろんあった。

  1. リーダーズシアターの見せ方をくふうをすること

これは、今後わたしが、練習の段階で演出するのが適当だろう。

また、この日、直前の打ち合わせでつけた演出が、かなりショーを楽しくしたが、全員に徹底しなかったので、本番で少々乱れたのが非常に残念だった。

 

2. 指導中、子どもから思わぬ質問や事実に照らして訂正したい答えが出た時、ときに対応があいまいだったり正確さに欠けること

 

確実でないことを、正解と受け取られかねないように答えては絶対いけない。持ち帰るか、知らないから調べてね、など正直に。

また、子どもの質問を「やっかいだ」と思わないこと。表情にでる。質問はありがたいし、子どもが集中しているということだから、褒めること。

 

3. ときに観客の反応をよく見てないため、間合いが不十分で、観客が内容をよく把握できないまま、進んでしまうこと

たとえば、台詞を読んだ後、ナレーターが観客に「どう思う?」とでも問うような視線を投げると、その都度、観客は内容を立ち止まって考える時間を得られる。

4. 笑いを起こしたい本の場合、「しつっこさ」が足りないことがある

 

演劇などで笑いが起こるのは、繰り返しの台詞や動作、演技のときが多い。ベタな感じだが、どうやら人間の笑いはベタなものに起こるらしい。

「指導者」は知らず知らずのうちに、気どってしまっていることがある。表現するときは、そういった気どりや、「先生らしさ」の殻は邪魔。それらなしで、もうちょっとベタで「しつっこい」表現者になりたい。

 

5. 「Crow Boy」のナレーション、淡々としてはいても、元同級生としての痛み、驚き、尊敬などいろいろな気持ちが混じる。淡々と「ナレーションっぽく」して感情が抜けてしまうところが、まだ第一グループにはみられたこと

AIと生身の人間の違いを出したいところだ。

同じ「Voice of Crow」という語を、何通りにも言い換えられた、第二グループは、さすがのベテランズ。

かなりの出来だが、元同級生であるナレーターの心をもっと「深掘り」させること、間合いをもう一歩自在に、もうすこしケレンを加えるなどが、今後の目標か。

 

2017年度、絵本リードアラウド認定講師発表会が終わった(1)よかったところ〜リードアラウド研究会

絵本リードアラウド認定講師講座、年度の締めくくりは発表会&審査会。

1月13日当日、参加予定だったM.Y.さんとM.Iさんがどうしようもない事情でこられず。

ふたり分のあきが寂しかったが、遠方からのひとりも加え参加できたみなさんによる見応えのある発表会だった。

 

まずは、「よかったこと」を挙げたい。

1. 昨年と比べて、全員に明らかな上達が認められたこと

 

お世辞ではなく、全員に、というところがとても嬉しい。

たとえば、「声、言葉が少々不明瞭」と昨年の審査でコメントつけた人の場合。

その彼女は今年、「そんなこと書いたっけ?」とコメントを読み直したほど、声量も出て、滑舌も明瞭に。

 

個々への「上達」コメントをお楽しみに。

 

2. 模擬指導で、安心してみていられた。気になって長々と口を挟まずにすんだこと

 

一瞬「ダメ出ししようか」と思うことはあったが、そう思っているうちに、その瞬間はめでたくさった。みなさん自身が修正し、わたしの出る幕はなくなった。

安定感がかなりあり、みなさんの指導を楽しめた。

 

3. 見せ方、表情に違和感なく心地よかったこと

 

演出や盛り上げ方には、まだまだ工夫の余地はあるが、現状は自然でかつ知的、好感が持てる。

 

4. 表現にわざとらしさがなく、ユーモラス。笑いを誘えたこと。また特に上級者は、表現に細やかな思いが込めら、感動を呼んだこと

5. 英語指導者として正確で、信頼感を醸せたこと