記号を音声に。その次の壁が厚い:リードアラウドとピアノ〜リードアラウド研究会

下手なピアノを楽譜みいみい弾いていて、思った。

音符で書かれた曲を、ピアノを弾くことで音にするのと、文字で書かれた本を、声に出して読むことは、同じだなと。

 

まずは楽譜や文字という書かれた「記号」を、解読して音にする。

少し違うのは、音符は万国「共通語」だが、文字は様々な言語で書かれていること。

 

最近になってやっと一曲だけ、つっかえながらも弾けるようになったピアノ曲がある。

そのたどたどしい自分の演奏を録音し、再生して聞いていたら、リードアラウドのレッスンで私が皆さんに言っている声が自分に向かって返ってきた(気がした)。

「読めるだけじゃダメ。そこに作品を解釈してわいてくる気持ちを乗せなきゃ」。

 

その演奏は、楽譜がやっと音になっただけのもの。おまけにそんなに正確ではないときた。

なーに、これ。

と笑ってしまう演奏だ。

 

それでも大甘に言えば、スタートラインに立ったということか。

そしてそこに、分厚い壁が見えた。

 

ここから、音楽の「表現」が始まるらしい。

 

 

ほぼ楽譜通りに弾けたら、それだけで「合格」にしてくれそうな若いピアノの先生。「55年遅れてきた生徒」(私)を(シニア)特別枠で見てくれている。

 

ピアノ「劣等生」の私には、今リードアラウドで、自分が皆さんに言っている言葉が全部返ってくる……。

 

 

2006年ライブthe Danish National Concert Orchestra and choir とオリジナル作曲者、Procol HarumのGary Brookerの歌唱版:ストリングスが美しく奏で、そのあとに心をえぐられるような渋い「おやじ」の悔し泣き。

Joe Cocker 版:飲んだくれの海賊の失恋の悲しみ、のような解釈。

 

 

 

『The Very Hungry Caterpillar』その1:リードアラウドする気になったわけ〜リードアラウド研究会

意外なことに本ワークショップ(絵本リードアラウド認定講師講座)で、『The Very Hungry Caterpillar』を取り上げたのは今年度第7回が初めて。

リードアラウドそのものも、本書で行った記憶がない。

 

思うに理由は二つ。

その1: あまりにも多くの先生方や英語圏のみなさんが読んできて、今更リードアラウドしなくてもいいかな、と思った。

その2: 本の内容は幼児向けだが、英文は大人が子どもに「読み聞かせ」る仕様で、リードアラウドのように子ども自身が読むには少々難しいと思った。

 

気が変わった理由は、ここ数年で「リードアラウドらしい読み方」をより強く認識するようになって、本書を「らしく」読んだらどうなるだろう、と挑戦したくなったこと。

もう一つ、語数の多い本、長いセンテンスのある本を、子どものそれぞれの英語力なりに読ませる指導ができてきたこと。

 

ところで、非常に多くの英語指導者が、この絵本を取り上げるのは、訳がある。英語を教えたい大人に対して「魔力」を持っているのだ。

その「魔力」とは。

ワークショップでの発言にもあったのだが、本書は先生たちの「英語を教えてやろう」という「先生魂」に、熱量をチャージする。

 

なんせ、指導のツボがわかりやすい。

「果物、食べ物の名前」、「数と曜日」。

さあ教えてあげよう、といい形で並んでいるのだ。

 

見え見え?

ウーム。だから、表現者としては難しい。ついつい、先生になってしまう。

 

フラッシュカードのありがたさは、子どもを教えたことのある人なら、誰も知っているだろう。本書がフラッシュカードのような働きをしてくれる。

でも、フラッシュカードには、そのままでは「物語」がない。

 

本書の魔力は、「先生魂」が表現者の心に勝ってしまうこと。

 

しかし。

リードアラウドは、「教えずして教える」。

まずは指導者自身が表現を考え、本にある物語を表現することで子どもたちと楽しみ、英語で表現する楽しさを、語学習得にも繋げる。

 

そこで、リードアラウド認定講師の今回のワークショップでは、「教材」になりがちな本書を、まず「物語」として語り手がどう語るか探求しよう。つまり、「リードアラウドらしく読もう」、そう決めたら、俄然、やる気が湧いてきたのだ。

つづく(その2

 

 

 

 

歌舞伎で思う「声は基本」〜リードアラウド研究会

趣味と実益を兼ねて(兼ねているかな?)中村吉右衛門一周忌ご追善公演(13回目秀山祭)を歌舞伎座で鑑賞した。
 
出し物は、「仮名手本忠臣蔵」の祇園一力茶屋の幕。
 
47人の元家来たちと主人の仇を取ることを秘密裏に企てている大星由良助は、周囲に悟られないようにお茶屋で遊び呆けているフリ。この役を仁左衛門。
 
そこに仇討ちに参加したい、足軽の平右衛門が登場する。これを海老蔵が演じる。
 
う〜む、わたしが海老蔵だったら、演じながら悩むなあ。
 
声が通らないのである。
声帯が開放されていないように聞こえる。
 
へんに噛み殺してしまう癖、どうしたら直る?
奥歯を噛んで口を後ろに引きすぎか。
ときどき、やけのような大声でがなる感じだ。
 
中堅の役者、それも大名跡を継ぐという恵まれた「生まれ」の役者なのにだ。
 
よけい辛いな。
 
声への不満だけでなく、演技があざとい感じで、途中で食傷気味になる。
足軽らしさを演じてはいるのだが、飽きが来る。
 
リードアラウドでときどき注意する、「クサさ」と共通するかな。
 
役者としての脚本の理解が、表面的なのかもしれない。
周囲には、素晴らしい先生、先輩役者がいっぱいいる(いた)のになあ。
 
ただし、顔は凄くメリハリがある。
(好きではないけれど)舞台映えするよくできた顔だ。
これも歌舞伎の「才能」だけれど。
 
声も演技も、自分で直す気にならなきゃ直らないだろう。
せっかくの「生まれ」と「才能」なのだから、頑張って欲しい。
 
さて、今回のこの演目の主人公は、大御所、仁左衛門。
 
お年は70歳すぎているのに、声がツーン、カーンと通り、心くすぐるニュアンスが、そしてメリハリがある。
 
台詞を聞いていても、飽きがこない。
嘘と誠の内容が、くっきりわかる。
 
愛嬌もあり、47人が仇討ちについていくリーダーシップにも、説得力がある。
 
おまけに、どんな角度で見ても姿形がよく、ミーハー的にも惚れ惚れする。
 
 
ああ、これが人間国宝!
その声、姿、台詞、鍛錬しているのだろうなあ。

『Where the Wild Things Are』はリードアラウドの定番、今年もオンライン講座で〜絵本リードアラウド認定講師講座

 

Maurice Sendakが本書『Where the Wild Things Are』を世に出したのが、1963年。

ちょうど20世紀が半分余り過ぎたころだ。

 

それ以前の絵本、それは民話だったりおとぎ話だったりで、おおよそは大人の世界からみて都合のよい子どもにするための躾(しつけ)を主目的としていて、そのような絵本を見慣れた目には、さぞかし驚きだったに違いない。

 

何に驚くか。

だいいちに、主人公が「悪い子」だということ。

夕食前の忙しい時に、いたずらをするは、お母さんに酷い口答えはするは、癇癪を起こすはで、ついに夕食抜きで自室にこもる。

でもそんな子に本書は、これまでの本のように「子どもはそうであってはいけない」というメッセージを込めてはいない。

「こんなこともあるよね」と、主人公みたいな(実は珍しくない)子どもたちの側に立って、空想の世界を作りそこで自由に遊ばせて、自分で物事を見極め決断することを許してくれる。

 

読んでいる子どもがほくそ笑んだり、時には我が事のように照れたりもする、これまでどの大人もかかなかった、子ども自身の世界の一端が描かれている。

 

本書が出版された当時、子どもに悪影響を与えるからと、いくつもの図書館で「禁書」になった。

それにもかかわらず、世間では大きな話題と人気になり、その年の米国絵本の最高栄誉、コルディコット大賞を受賞した。

 

心理学者たち(特にユング派)は本書に、

子どもの恐れ、怒り、愛などの「潜在意識」や「無意識」が描かれていて、

子どもがこれを読むことで自分の感情を客観的にみて、処理する助けになるだろう、

などと絶賛し、多くの論考も続いた。

 

「20世紀の絵本の金字塔」ともいわれ、数々の機関の選ぶ「絵本名作100選」のようなリストには必ずその名がある絵本である。

 

たとえ英語がまだあまり読めずとも、迫力と愛嬌のある絵とダイナミックな構図にまず子ども心は惹かれる。

 

その魅力を生かし、また最低でも「ぶち壊さない」ように、子どもに読むにはどうしたらいいか。

ひとりでも多くの大人にそれを考えてもらい、練習をつんで、子どもに読んでやったり、一緒に読んで楽しんでもらいたい。

 

 

リードアラウドをするものとして、はずせない一冊だ。

ということで、今夏も「絵本リードアラウド認定講師講座オンライン」の課題書になっている。

 

『The Gruffalo』で英語読書、リードアラウドに誘う〜絵本リードアラウド認定講師講座

2022年度第3回目の『絵本リードアラウド認定講師講座 2022』の課題書は、英語圏で絶大な人気の絵本『The Gruffalo』だった。

Gruffalo?

Yes, Gruffalo.

みなさんには馴染みが薄いかもしれないが、英語絵本の中では「子ども支持率が高い系」だ。

お父さんお母さんが選ぶメルヘンチック(「お花畑系」?)な本が物足りなくなる、5歳から小学生低学年あたりの活発な子どもの興味を大いに引いてくれる。

英語教師には、ちょっとした救世主的な一冊。

認定講師講座に集まった先生たちが、これに挑戦した。

故事成語「虎の威を借る狐」を基に、虎をGruffalo、狐をmouseに据えた物語だ。

mouseを世渡り上手な利口者と肯定的に捉えるのも、権力者の力を頼みに威張る小者と否定的に捉えるのも自由。

しかし……この日の参加者によるmouseは、なんにせよキャラクターが薄い!

いったい何者なのか!

登場人物の肉付けが「薄い」のには、パターンがみられた。

  1. 型で演じている(自身の考えるのステレオタイプのひとつに当てはめているだけで、登場人物としての肉付けがされていない)。ベテラン先生に多い。聞き手に、よくある型と認識され、すぐに飽きる。興味が湧かず、長続きしない。
  2. 声色を使っているだけ(声を変えただけで表現がない)。「変声」で子どもの注意を引いても、表現が伴わなければ、すぐに飽きられる。
  3. 違和感(声や口調からにじむキャラクターが、物語と合っていない感じ)ありあり。深く読解していないのかもしれない。子どもたちの読解を混乱させる。
  4. 掘り下げ、強調、練習が足りない(方向性はよい)。

さあて、みなさん。自分はどうだったか。当てはまるパターンはないか。録音を聞いてみること。

次回のプレゼンテーションを楽しみにしている。

参考映像:

絵本リードアラウド認定講師講座 2022
The Gruffalo