2020年度のスクール年長組は英文法入門〜キッズブックス英語スクール

英語をリードアラウドを通して教える我がスクール。「小学生クラス」は「小学生(アドバンス)クラス」へ、「親子クラス」は「小学生クラス」へと進級する。

ここ2年ほど、英語の文法をいつ導入できるか探っていたのだが、精神年齢も上がり、「保育」的なことで(「ちゃんと席に座りなさい」など)時間を使うこともほとんどなくなり、物事をカテゴリーにまとめることも、道筋を考えて話すこともできるようになってきた。

それから、アセスメントの結果によれば、G2程度の英文の読み下しも、かなりの速度で正確度も上がった。文の意味をとること、読解力がまだ付いていない。

これは、文法導入の好機と考えた。

 

分厚くない、適当なページ数の北米の小学生向けのワークブックも見つけた。このシリーズ、G1とG2をそれぞれ使ってみよう。

 

一通り文法が、それぞれの学年の一冊で年相応の掘り下げ方でまとまっている。どう時間を配分するか、腕の見せ所。また、どう子どもたちの英語に貢献するか、楽しみ。

子どもの学び〜キッズブックス英語スクール

教える立場になって、時々忘れてしまいそうになるのが、学ぶ立場。

最近になって50数年ぶりにピアノを再び学び始めたせいか、いかに学ぶのが大変で、もどかしいか身にしみて感じる。

ただ、今なら、学ぶとはそういうことで、自分がどうすればいいのか、頭で分かる。

音を聞いて綺麗だな、いいな、と思って、自分でも奏でたいなら、ただ練習あるのみ。

 

この学びというものが、英語を始めたばかりの子どもには、なかなか理解されないだろう。

まず「英語っていいな」「使えるようになりたいな」と、自発的に思う機会をまだ持っていないかもしれない(動機付け)。

特別才能に恵まれているか、よほど密度濃い環境にいない限り、第二言語はすぐには身につかないから、「もどかしい」から「つまらない」に直行するかもしれない。

そこで、子どもに大人が教えてあげることがある。

 

それは、

学ぶということはすぐに成果が見えないことも多くて、もどかしいものであること。

しかし、ある程度練習し続けると、ある時、すっきりできるときを迎え、とても晴れがましく思えること。

そして、その小さな達成のいくつもの積み重ねが必要なこと。

 

さあ、スクールの年度末の発表会だ。

日頃よりちょっと大人の助力が必要になるとき。

がんばれ、そうすれば、またひとつ、階段をあがれるよ。

 

 

Mem Fox is My Teacher〜リードアラウド研究会

3月14日から、2020年の「絵本リードアラウド認定講師講座」が、『Where Is the Green Sheep?』で始まる。

Where Is the Green Sheep?

朗読は、まずこの本できめ細かに表現してみたい。

幼児向けの絵本に「the 手本」といえる朗読の音源が、なかなかない現状で、『Where Is the Green Sheep?』には素晴らしいお手本がある!

なんと、作者Mem Fox自身の朗読だ。

一度、聞いただけで、耳にそして心に残る。ゆりかごで揺られているような、子守唄を聞くような「Gree〜n Sheep!」。

繰り返しの文に、同じ読み方が一つもない。全部「音符」が違う。音程だけでなく、スラーやらスタカート、終止符、拍子。なんとまあ、朗読表現にはたくさん要素があるのだろうと教えられる。

さらに、読む人の「邪念」のようなものがない。「かわいくしよう」「うまさを聞かせてやろう」「ほら、いいだろ」「つまんない」、あるいは「……(ブランク、空疎)」なんて感じられない。この読む時間、聞かせる時間で、本を楽しんでいる。

「Gree〜n Sheepはどこ?」と尋ねるナレーター(Mem)に、大人まで誘われてしまう。

天性と理性を感じるMem Foxのリードアラウドは、いまでも、わたしのリードアラウドの先生だ

また、初心にかえり、かつ技術や心構えはこれまで身につけたものを駆使して、本年度、最初のリードアラウドをしてみよう。

絵本リードアラウド認定講師講座 2020

リードアラウド講師の審査と発表会【東京】2019年度〜リードアラウド研究会

2019年度絵本リードアラウド認定講師講座は、第10回の審査と発表会で終了しました。

審査の結果は、審査を受けた講師の皆さんの手元に届いた頃でしょう。

 

いつも思うのは、「発表」とか「審査」とか、何の強制もないのに、自分に果たす人々がいる。尊いものだなあ、ということ。

そういう人々の一人でもある自分自身を思えば、その理由がわかる。

いつまでも成長を目指すから。

努力して、その成果を見たいから。

 

そこで、2019年度の認定講師講座受講の皆さん。

よかった…。

審査で見せていただいたその成果は、本年度もまた素晴らしかった。

 

まず朗読。

世間一般の「絵本の読み聞かせ」のレベルを、軽く凌駕したでしょう。

 

絵本の読み込み、それからの解釈、そしてそのdelivery(言葉遣いなど)とexpression。これら、この一年踏み込んで研鑽したそれぞれの軌跡が、全員に見られました。

 

審査では「努力が偉い」と、ただ努力を買っているのではありません。

どう努力したかは評価外、見るのは発表の時の朗読そのもの、つまり聞こえてくる「結果」です。

どれだけ書かれているものの本質を表現しているか。

子どもや人々の心に触れる何かが現れているか。

審査では、それらを傾聴します。

もし本に、人のように気持ちと声があるなら、「真剣に読んでくれてありがとう」の声が聞こえてきそうです。

そしてわたしからも、

一緒にリードアラウド、取り組んで下さってありがとうございます。

 

さて、審査の対象はもう一つ、指導法。

こちらのプレゼンでは、想定外の素晴らしいチームワークも見せてもらいました。

「リードアラウドやってきてよかったなあ」とつくづく思いました。

「チームで指導する」という機会は、残念なことに今のところあまりないのですが、

この日の『Animals Are Definitely Not Wear Clothing』チーム指導は、

通常の「指導」の枠を超えた、教えずして教えるリードアラウドが目指している、双方向性のある活発で楽しさ溢れるものでした。

指導の担当はおおよそ決めて、担当者が進行役にはなっても、他の3人が積極的に口を挟むスタイル。

それがちょうど、進行役が飛ばしてしまったことを補ったり、冗漫になりかけたところにスパイス的なコメントや問いかけをして、楽しさの息を吹き返させる。

そして全体として活発なので、一見まとまりがなさそうでも、実は緻密な仕上がりになっている…。

お見事でした。

 

一方、担当を決めて、担当講師が専任で進行させたグループは、それはそれで一人ひとり丁寧に指導しました。

ちょっと残念なのは、舞台にせっかく4人が上がって聴衆を前にしているのに、チームワークをあまり見せなかったこと。

誰にでも起こることですが、指導で進行に詰まる。そんな時には、助け舟が出ると本当に助かります。

このチームでも、もちろん「舟」を出すには出したのだけれど、もっと早く、もっと多く欲しかった。

講師間の気兼ね、これがあるのかもしれませんが、

舞台(授業)で気兼ねをすべき相手は、誰なのか。

観客(生徒)でしょう。

観客、生徒ファースト!

どんどんチームメートが、取りこぼしを拾い、穴は埋めたいです。

もっと良くなる!とはいえ、朗らかに、楽しげな空気は流れる授業でありました。

 

みなさん、どうもお疲れ様でした。そして、どうもありがとう。

 

 

「新種」の日本の子どもたち〜スラスラ英語を読むが書いてあることは分からないことはわからない

ここ10年くらいだろうか。

英文をネイティブ並みにスラスラ読むことができ、発音もほぼパーフェクト。

ところが、なにが書いてあるか尋ねると、きょとん。

こちらが驚いてしまうほど、なにも答えられない。

こんなな日本人の小学生に遭遇することがそう珍しくなくなった。

 

先日、スクールのTutoring serviceの体験レッスンに、インターナショナルスクールに通う日本人の小学生が訪れた。

「英語全般の成績がかんばしくない」というのが受講理由。

問題の内容を見るため、まずAssessmentを行った。

その結果は、たいへん興味深いものだった。

 

単語を正確に読み下し、文章をつながりとして意識し、それなりにまとまりとして読む力は、北米の同学年並み。

普通の日本人からすると、英語ペラペラに見える。

読む速さも同様に、学年相応に滞りない。

発音などまったくナマリもなく問題ない。

ところが……。

 

comprehensionで、問題があらわに。

本人の音読後、もう一度、指導者が全文を読んで聞かせたあと、なにが書いてあったかを問う簡易的な評価方法で、おおよその力が把握できる。

評価は6段階。

「1」は、たったいま読んだ文から、かろうじて1、2のことが挙げられる。

「6」は、内容を要約して論理的に話せ、詳細についてもかなり語れるというもの。

 

この小学生の評価は「2」だった。

根掘り葉掘りこちらが尋ねてやっと、重要なこともそうでないことも関係なく、書かれていたことの断片をポツポツ挙げるに留まった。

これは、どういうことなのか?

 

「スラスラ読める」は、近年のフォニックス教育の成果か、素晴らしいこと。

しかし、読解となると、深く考えるための言語的に噛み砕いた助けが必要だが、それがなされていない。

そしてその必要性は、英語を母語としない英語非母語者であるところから来る。

英語を英語で読解するには、高度の英語力と語彙力がいるが、非母語者の場合、英語環境の密度の違いなどから、自然にはネイティブのような年相応にならない。

最初はちょっとした差でも、小学校の1〜2年間で大きく開く。

この状態から、どう助け出したらいいか。

 

こうした二言語に接している子どもには、母語の読解力を使うのが、英語の読解力を上げる近道だと思っている。

第二言語習得研究等で取り上げられる「Interdependence Hypothesis(相互依存仮説)」が、現場を知る人間としてとても現実的と思う。

つまり、母語と非母語の言語能力は、基底を共有しているということ。

母語の言語能力を高めれば、非母語の言語能力も徐々に上がるという仮説だ。

母語の力を借りて、より容易に読解することで、英語の読解力があがる。

 

「どういうことが書いてあるの?」

「ここに書いてあることを、簡単に言うと?」

日本語だったら、楽にかいつまむことができたり、ニュアンスを言いやすかったりする。

そこを日本語で補い、英語でrecast(言い直し)させたり、してやったりしながら、ブランクを埋めていく。

この日本語と英語のバランスを図るのは、おそらく経験値。

さじ加減は、微妙だ。

 

さあて、幸いこの小学生は、今回の体験レッスンに「楽しかった」という感想を抱いてくれ、めでたくtouteringクラスの受講が決定!

半年後のアセスメントで、指導の成果を見せたいものだ。

toutering体験レッスン