語数の多い英語絵本の予習〜リードアラウド研究会

あと数日に迫った認定講師講座第六回、課題書は語数がこれまでの最大級の『How the Grinch Stole Christmas!』だ。

最初はただただ読むこと、と先日のブログに書いた。あれから読み続けていたら、今頃は、気になる語彙が出て、それだけでなく、だんだんともっと気になって気になって仕方なくなって来たのではないだろうか。

なんども読んでいるうちに、内容が頭に入ってくるのだが、少し不案内な単語があると、そこで読むのをつっかえたり、表現がなくなったり、間があいたり…心あたりはないだろうか。

たとえば、he snarled with a sneer. (p.15)とあって、読めるが今ひとつ表現が決まらない。その直前のthe Grinchの台詞は、sneerを浮かべてsnarlしたいのだが、どうするのか迷う。sneerがどういう笑みなのか、トゲトゲしくというsnarlはその笑みを浮かべながらどう言ったものか。

実際に「あのときのあれだ」と思い当たる英語での経験がないと、身体がついてこない。そこで、頭で想像して作らないといけない。これが難しい。でも重要だ。読み手があやふやだと、絶対に聞き手には意味が伝わらないのだ。

こういう個々人の不案内な語彙を、しらみつぶしにつぶしていくのが、予習の第二歩だと思う。

おそらく、この辺でみなさんは時間切れかな?

15日を楽しみにしています!

英語2~3年生の伸び方~キッズブックス英語スクール

半年に一回、Reading Fluencyのアセスメントを生徒に行なっている。

早いもので、また半年が過ぎた。

全員がG1(北米の小学1年生)以上のpassage(問題文)が使えるようになった。

1分で正確に読める語数、読んだ語の正確度は、確実に伸びた。スクールで学んだ年数にほぼ比例しているのも、当たり前といえばそうだが、やはり興味深い。

いろいろいい変化はあるが、英語を始めて2年以上の生徒についての一番の変化は、読むときに緊張して硬かった表情が、和んできたこと。ときには誇らしげ。そして、指導者が読むのを聞く場面では、始めた頃の英語を聞いても何も頭に浮かばない「真っ白」という表情がなくなった。何かがひらめいた瞬間瞬間の知的な目の動きが観察できたのは嬉しい。

アセスメント用の文章を読み聞かせたあと、「今、聞いた話で覚えていることを話して聞かせて」と読解の程度をみる。この質問では、励ますとぽつぽつ書かれていたことに関する言葉が出てきて、内容理解が少しずつ進んできた。たいへんな進歩だ。

実際の学年は小学校1年生と2年生の生徒たち。週1回程度の英語を始めて2~3+年で、ゼロからここまで力をつけられて素晴らしいと思う。

1年ほど前から、少し比重を増やした語彙学習も、語彙力アセスメントが2〜3ポイントアップにつながったのかなと思う。

これから次の半年の目標は、特にsight wordsの完成がまだの生徒はその継続と、課題書とミニブックをより表現ある読み方に導くこととする。

「表現豊かに読めること(fluent reading)と、読解力には確かな相関がある」というのは最近の研究でも確かめられた。ただ読み下せてよしとせず、読解に基づいた表現を指導したい。

毎レッスンが指導者にとってのチャレンジ!

小学生クラスとscrabble game〜キッズブックス英語スクール

英語圏で子どもから大人まで親しまれているボードゲーム、scrabbleを、小学生のクラスで少々取り入れてみる。

このゲームは、英語を母語としない学習者には、どんな効果があるのだろう。考えてみた。

まず、すぐに思いつくのは、新しい語彙との出会いの場となること。英語が自由に使える人が一緒にやると特に効果的。知らない単語がちょくちょく登場する。そのたびに、さらっと意味を教えてもらう場にもなる。

つぎにspellingの練習になること。自分が並べる単語のspellingだけでなく、挑戦相手の並べる単語をつど目にすることになる。また特典のために、間違い探しもする。授業で習ったものを使うときにボーナスポイントなどつけるのも効果的だろう。

単語のなりたちに気づく機会にもなる。たとえばeasyと綴ったところに、unだけ加えれば6文字単語分の得点がもらえる。breakにableをつけてbreakableなどにもなる。ingをつける、sをつけるなど文法につながる語尾変化にも注意がいくようになるだろう。

英語で数字を足して合計を出すのに慣れて、自然に英語で数字を考えられるようにもなるようだ。

そして最後に素晴らしいのは、辞書を使う機会を作ってくれること。ただ「辞書で調べなさい」では一向に手が伸びない生徒も、得点のために一生懸命辞書を引くようになるのは驚きだ。

さあ、わがスクールの小学生は、どこまで食いついてくれるか。

英語を音読する速度について〜キッズブックス英語スクール

スクール2018年度の小学生クラスで、いつもの「3-Minutes Reading Fluency Assessment」、第一回目を実施した。

今回、特にWord Count per Minute(wcpm)の結果を見て、これまでの経験と合わせて改めて思った。

 

インターナショナル・スクール生だろうが、いくら英語経験の長い小学生だろうが、英語が母語でない日本人英語学習者は、wcpmのポイントが低い。

つまり、fluencyのひとつの指標である「正確に読む速度」が遅い。

 

よく言えば「丁寧」なんだろうが、録音の遅回しみたいに聞こえることがある。

やっとこ読めるようになった小学生のポイントが低いのは当たり前として、不思議なのは、「読める」とされる上級者(英語の先生でさえ)でも、完成形とする読みの速度が遅い。不自然なほど遅いことが多い。

母語ではないことがよく現れるところなのだろうか。

 

「ネイティブ並みを育てる」とする日本の英語指導者、日本で教鞭をとる英語圏の先生でさえ、生徒の前で読む速度は遅めで、手本がそうなのだから自然と読む速度については生徒に点が甘い。

評価に、wcpmが指標に入っていない感じだ。

 

代々、そうだった結果がこれ。

「みんな早口で何を言っているかわからなかった」という英語圏に旅行したり、生活を始めた日本人の典型的な経験だ。

 

自分たちがいつまでもテープ遅回しのような速度を手本にしていては、普通速度の英語が聞き取れないのは当たり前だろう。

 

英語指導者として、ぜひ生徒には、普通の英語圏の英語を「早口」と聞こえない耳と口を育ててあげたいと思う。

 

 

「音読が複合知覚力を励起する」〜リードアラウド研究会

評論家で語学にも秀でた佐藤優さんの書評を読んだ。

その松岡正隆著『本から本へ』の書評からの孫引きだが、音読と黙読の関係を語っている。

佐藤優さんがこう書く。

音読の重要性は、子どもを対象とした絵本の読み解きに限定されない。大人にとっても、知的訓練としてとても重要なのだ。

 

そして、少々長くなるが、佐藤さんは松岡の次の文を引いている。

 

ひるがえって、そもそも認識(IN)と表現(OUT)とは、そのしくみがまったく異なる知的行為になっている。

「INするしくみ」と「OUTするしくみ」とはそうとうに異なっている。そのため、いろいろのことを見聞きし、いろいろ体験したことがいくら充実したものであっても、それをいざ再生しようとすると、まったく別の困難に出会ってしまう。

アタマの中のスピーチバルーン(吹き出し)に浮かんだ実感や感想をいざ言葉や絵にしてみようとすると、どうもその感想どおりではなくなってしまうのだ。

その別々のしくみになってしまっている認識INと表現OUTを、あえて擬似的にであれ、なんとかつなげて同時に感得してみようとするとき、ひとつには音読が、もうひとつには筆写が有効になってくる。

なぜ有効なのかといえば、おそらく音読行為や筆写行為が千年にわたってINとOUTの同時性を形成してきたからだ。音読や筆写をしてみると、その千年のミームともいうべきがうっすらと蘇るからなのだ

(ミームmeme :個々の文化の情報をもち、模倣を通じてヒトの脳から脳へ伝達される仮想の遺伝子)

 

この中の

別々のしくみになってしまっている認識INと表現OUTを、あえて擬似的にであれ、なんとかつなげて同時に感得してみようとするとき、ひとつには音読が〜有効になってくる」

というところで、「YES!」とわたしの中でカンカンカンと鐘が鳴り響いたのである。

人類はみな長く「声による言葉」や「耳による学習」をする社会を経験してから、多くは文字を使いそれを黙読する社会へと変遷してきた。

語学の習得というのは、この人類の長い経験を個人の人生で経験し直すことにたとえられそうだ。

そこで、音読とは。

声に出し【OUT】、それが自分の耳に届いて【IN】することで、普段は表現【OUT】と認識【IN】という別々のしくみを繋げ、感じ取るのを可能に方法。

もしかしたら、音読するたびに、実は人類が言語を獲得してきた道筋が瞬間的に浮かび上がっている…ブルル。

 

ここで並行して論じられている「筆写」はさておき、

「音読することが複合知覚力ともいうべきを励起させている」かどうか、自分の日頃の経験的には「YES!」なのだが、科学的な研究成果は待たれるところだ。

(上っ面だけの読んだつもりだが)この論を読んで、深遠なる科学、人類の歴史の淵を見下ろしたみたいな錯覚に陥って、震える。