公立小学校の英語教材と英語絵本〜キッズブックス英語スクール

公立小学校での英語が教科になってから、小学校の英語の時間はどんな様子なんだろう。

よく知らない。ちょっと不勉強であったことを反省した。

 

そこで先週からそろそろっと、その教材を「お勉強」し始めた。

 

手にしたのは光村図書のもので、世田谷区立で使われている5年生用と6年生用教科書『Here We Go!』だ。

 

第一印象は、「ずいぶんよくなったなあ」。

 

まだお勉強し始めたばかりなので、細かいところまで見られていないが、それでもかなり中身の濃さと、広い目配りがされているとという感想を思った。

 

だがこの教科書、初めて英語をする身になって考えると、「英語だらけで、わかんない!」と不安になるかなと思う。でもそれは、教室での紹介のしかたと先生のフォロー、そしてどれだけ時間の余裕があるかで、使いようはありそうだ(ちょっと上記の条件が厳しいかもしれないが)。

 

5年生のunit 1は、Hello, everyoneというタイトルだ。

英語が初めてだからと生徒を幼児扱いせずに、その年齢なりの言葉で語りかけるところは、好感を持った。

しょっぱなに「response」「contact」などちょっとしたbig wordもさらっと使っている。使って慣らす、第二言語習得法などが発達してそのよい影響もあるようだ。

 

最初の時間に、feelingsについて少々学ぶ。

そこで、「表情が大切」と先生への指針もあるが、書いてあるだけなので、きっとどうしていいか、先生はそう深入りできなそうだ。アクティビティなどする時間と、その仕方の指針などあるといいだろうな、と思う。

 

そうだ、こういうところで、絵本とリードアラウドの力が発揮されるのだけれどな……。

限られた学校の英語の時間内で、どうしたものか。

 

まだこの教科書、数ページみただけだが、いろいろ考えが吹き出す。

これからちょいちょい、今の小学生とのフィールドワークもしながら、より多くの小学生のよりよい英語の学び方を考えていきたい。

英語絵本キッズブックス

 

アセスメントでわかる英語指導の塩梅:小学生クラスの場合〜キッズブックス英語スクール

これまでの経験で言うと、英語学習歴ほぼゼロの状態から、スクールの「親子クラス」で順調に学んでいくと、3年目ごろには、英語圏のG1程度の文が初見でも「読めてくる」。「読めてくる」というのは、文章を音声にできるという意味だ。

この3年目の生徒ほぼみんなに共通して、アセスメントであぶり出されてくる現象がある。英語母語者の場合は、G1の実年齢の6〜7歳によくみられる。それは、読み下しの上手さと、読解の浅さのギャップだ。読解は、浅いというより、からっぽに近いことも少なくない。かなりスラスラ読めるのに、なにが書いてあるかさっぱりわかっていない。

これは、英語圏ではかなり前から問題になっていたが、日本では小学校英語などで英語学習の低年齢化が進んできた、せいぜいここ10年くらいに見えてきたことだろう。もしかしたら、まだ問題として気づいていない英語の先生もいるかもしれない。

スクールでは、アセスメントのおかげで、この不思議な現象が問題化していた。でも、近頃はその現象への対処も、だんだんわかってきて、落ち着いていられるようになった。「小学生アドバンスクラス」に進級するまでには、ほぼ解決。あとはどれだけ、英語圏の同年齢のレベルに近づけるかという問題になる。

その対処方法について、ここでふれない。なにしろ英語の指導では、いつも生徒の進歩の診断が大切にして、要所要所で指導の修正や補強が求められることを、身にしみて感じている。

2021年前期リーディングアセスメント終了:その2〜キッズブックス英語スクール

英語圏G4レベルでアセスメントをした、英語学習歴4年以上の生徒たちが、順調に伸びているには、わけがある?

 

多分、その秘訣は指導に取り入れている、シャドーイングではないかと思う。

第二言語習得論でも、その効果がいわれているものだ。

レッスンでは毎回、Lexil(英文の難易度の指標、0Lから1000L以上まである。『ハリーポッター』シリーズが800〜900L程度)が300~500Lの本を、指導者の生声または録音の声の後について読ませている。

短いものであれば1冊、チャプターブック(いくつかの章に別れた読み物)なら1章程度を生徒は読む。

 

完全な形のシャドーイングは文字を見ないでやるが、わが生徒の場合は、まだ本を手に、手本のすぐ後について声に出して読む、シャドーイングの初級スタイル。

 

それでも最初のうちはたどたどしく「シャドー」になりきれず、ときどき待ってあげないとついてこられなかったが、近頃では、本人たちも「動く歩道」に乗って歩く気分のように、すいすい。スピード感を楽しんでいるようにも聞こえ、とても頼もしい。

 

こうして気づけば、ひとりで読ませても、読み飛ばしが多かった生徒はそれが激減し、抑揚なしで「お経のよう」と言われた生徒からは棒読みが消えていた……。

 

素晴らしいおまけは、知らない語彙にヒントをあげれば、どんなことが書いてあったか、それなりに大意もとれるようになったこと。

 

リードアラウドで目指す、fluent reading(読解をともなう表現ある読み)には、シャドーイングが効く!

このことを、はっきり意識できたのも、定期的なアセスメントをしているおかげだと思う。

2歳児のお母さんの質問とその答え〜リードアラウド研究会

ブックハウスカフェでリードアラウドのあと、皆勤賞を差し上げたいくらい熱心に参加してくださっている、2歳児のおかあさんから質問をいただいた。

このごろ単語は指差して言ったりするようになったのですが、単語だけなんです。文章はどうしたら読めたり、言えるようになりますか?

何気ない自然な感じの質問ですが、内容がすごいじゃないですか!?

2歳になったばかりの子どもが、月に1回のリードアラウドと家庭での親のフォローだけで、もう英語のwordsをいくつも認識できるなんて。

以下は、わたしの答え。

いまもうすでに、認識できる単語があること自体、素晴らしい。英語ネイティブの子どもも単語から、恐らく平均では3歳前後から文字を認識し始めるでしょう。

単語といっても、一語文という立派な文もあります。だから、もう一語文が読めるということです!

最小単位の一語文から、二語文、三語文……と、英語ネイティブの子どもは、就学前にゆっくり助走を始めます。このように読める語数を増やすことができた子どもは、そのあともつまずかずに小学校低学年で、かなりの文が読めるようになります。

非英語ネイティブの子どもの場合、readingの伸び方は、小学生になるとどうしてもネイティブと違ってきます。でもまだ就学前、それも2歳ですから、調子は上々です。これから強制的と思われない程度に、二語、三語……とゆっくり進めていけば、まったくもって大丈夫!

Egg

英語ネイティブの英語の学び方〜G3で非ネイティブを大きく引き離す

小学生アドバンスクラス では、今期のGrammarはこのworkbookのG3(写真はG1)を使用している。

G1、G2と学んできた項目や順番はほぼ同じだが、おおざっぱに示された分類や約束事が、学年があがってより細かい理解を求めてくる。

先日は「Action Verbs」の項目だった。G1では「Action Words」というくくりでざっくりと、G2では「Verbs」という呼び名が紹介されて、文中のどれか、わかりやすい初級単語で学んだ。

G3になって、Verbsだけで5項目、ページ数が5倍もある。「Action Verbs」はそのうちの1項目。

ここで、「もうaction verbsは知っている」つもりの生徒に、そして「もう指導した」つもりの指導者に、ちょっと意外な展開がされる。

 

「Circle the action verb in () that paints a more vivid picture of what the subject is doing。」と、ウォームアップのあとに指示される。「よりvividな絵が浮かぶ動詞はどちらか」という二択問題だ。こんな展開、考えたことがなかった……。

こんな問題だ。

 

Father (whispered, talked) to the baby.

The puppy (ate, gobbled)down his food.

The ball (fell, bounced) down the stairs.  これら、カッコ内の動詞のどっちがvividか?

 

これは、grammarといいながら、synonymsの問題でもある。

直喩的な初級動詞だけに止まらせず、ある行動を言い表すのに、ニュアンスのある別の単語もあることを、G3で動詞の文法の枠で教え始めている。

もう、ここで日本の今までの中学英語はおいてきぼりになると思った。

これまでは、「語りかける、話す」はtalkかspeak一辺倒で、「囁く」whisperを「語りかける、話す」の一種と考えたこともないだろう。「食べる」はeatに決まりで、「がつがつ食べる」gobbleは知らないまま。ballが階段を落ちるは、fallと言えたら上出来で、bounceなんて大学生でも思いつかないかもしれない。

G3ごろなのだろうか、日本人の英語がおおきくネイティブに置いていかれるのは。

 

「なんで同じことを別の(難しい)英語で言うのか」と、

腹立ち紛れに、語彙の暗記に明け暮れる高校生に、これまで何度か尋ねられたことがある。

これが(動詞の場合の)答え。

to paint a more vivid picture of what the subject is doing