Learn English with TV series 小学生向け~キッズブックス英語スクール

イギリスBBC制作の英語字幕付きのマンガ、BINKA。
1エピソードが4~5分で、英語も綺麗です。
字幕をオンにして、普通の速度でも「小学生クラス」「親子クラス」の生徒は大丈夫そうです。

「入門親子クラス」は、まだ字幕は邪魔なので出さないで、そのママ聞いてみましょう。

こんなマンガでも、英語のインプットとして役に立ちます。

Binka by BBC

「小学生クラス」のNさんは、これがいいかも。字幕を出して見てください。
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このほか、このGeronimoシリーズはこちらにも。

語彙がかなり上級な『Martha Speaks』は、小学生クラスでも字幕及び、スピードを0.75にした方がいいかも?

こちらも。

「遠い声」と「近い声」?〜リードアラウド研究会

リードアラウドの演習をしていると、fluentはfluentなのだが、課題の本にそぐわない読み方だと感じることがある。

違和感というものだろう。

 

例えば、『Ten Little Fingers and Ten Little Toes』。

最近のリードアラウドの課題書だが、自分の子どもが生まれたばかりの若い母が語り手だ。

 

作者というより本が、ほぼ絶対的に親密な「近い」語りを望んでいると思える本だ。

 

それなのに、読み手が「遠く」、突き放した感じで、客観的に過ぎるきらいがあるな、

簡単に言うとちょっと冷たいな、と思うことがある。

 

こういった指摘をすると、

「自分はそんなベタな愛情を示す親ではなかった」「これが自分には自然な近さだ」と、

母の経験がある人は主張したりする。

 

わたし自身もそう思っていた頃があったで、とてもよくわかる。

だが、「遠い声過ぎる」と講評される人には、ベタな親密さの先の高次元の、より本能的な「近い」声の存在に気付き、そこに到達するチャンスがあると言っておきたい。

 

そんな内なる声の追求は、自己発見の道のりと重なるかもしれない。

リードアラウドは高みを目指す!

 

実際に母をやった人が軽々と「近い声」を出せることも多いが、

実生活で母をやってない人や典型的な「母」ではない人には、最初のハードルは高いかもしれない。

 

だがそれを超えれば、よりプロフェッショナルな読み手への道程を、難なく「近い」声を出せた人たちより先に進めるかもしれない。

 

さあ「近い声」探しだ。

 

心の中の自分の声を、外に引っ張りだすのは、かなり恥ずかしい。でも、それが演技者には必要だと思う。

 

わたしはそんな皆さんの「恥」を捨てさせる、いい方法をこれからも考えていこう。

 

 

声楽家平山美智子さんの歌う心に学ぶ、リードアラウド読む心〜リードアラウド研究会

ローマ在住の日本人声楽家、平山美智子さんが94歳でなくなった。

90歳のときのインタビューで、晩年に山田耕筰の曲を歌ったことについて触れていたのを聞いて、ああやっぱり、と共感した。

 

たとえば『赤とんぼ』。「深いです」「歌えば歌うほど深さがわかってくる」と話し、例として「十五で姉やは嫁に行き/お里のたよりも〜」のところを取り上げていた。

 

その部分の「たより」のところ。
歌うと涙が出ると。

そう、彼女が「たより」と口ずさんだだけで、その温かみと哀しみが押し寄せて、感無量にこちらもなってしまう。

 

これだ!
この心。

言葉に宿るイメージと万感の思いを、瞬間的にまずは頭に浮かび上がらせる感性と、

それを言葉に乗せる技術が、

聴く人の心にも響く表現になる。

 

平山さん自身の言葉を聞いてください。

 

絵本リードアラウド認定講師講座第4回報告その2:だれの声?〜リードアラウド研究会

今回の課題書は、パパやママが赤ちゃんに読んであげたくなる本。

オーストラリア政府がイギリスの王子誕生の公式贈り物にした1冊でもある。

今回の講座では、どう「パパ、ママ」に本書を指導するか。

 

それと並行して、わたしたち指導者がどう朗読するか。

 

これが2本柱だった。朗読について気がついたことを記す。

 

まず、本文の英語。これは難しくない。

 

しかし、すっきりして素直な言葉のなかに、まず、母になるものの子ども全部にたいする愛や、本能的な平和や平等への意志がある。

 

それから、わが子へのへその緒で繋がっているような身体的な愛というか、ベタな愛がある。

 

ーなんて考えると、表現は難しくなる。

 

言葉に感情を乗せる、それをより滑らかに、心地よい起伏をもってする演習もやった。

 

個々の内容的な差はあれ、演習のBEFORE/AFTERで、良い方向への変化があるのは嬉しい。

 

今回興味深かったのは、微妙な口調の温度というか、語り手と目の前のシーンとの距離の差だ。

 

距離が遠い、との感想をもらった人は、少し近づけるために次のようなことをしてみたらどうだろう。

 

語り手はだれか。だれの声で読むかを考える。

語り手は新生児の母だ。

 

このキャラクター造型をしてみよう。

多分20~30歳台か。初めての子ども?

我が子が生まれる前も、ほうぼうの赤ちゃんを愛でながら、特にその手足などがたまらなくかわいいと感じていた人だ。

広い視野を持ち、差別意識がない。

そんな自分も待ちに待った赤ちゃんを授かって、幸福感が溢れる。

我が子とふたりの時間、人目を気にせず愛情を表す。

 

リードアラウドのベテランは、表現や設定を一ひねりしたくなるかも知れない。

だが堪えて。

まずは一般的な、ベタなこの感じを丁寧に表現してみよう。

普通の人を演じるのはかえって「芸達者」には難しいかもしれない。

でも普通も作れるようになりたい。

英語絵本リードアラウド認定講座第4回報告その1:前回の復習から~リードアラウド研究会

リードアラウドの認定講座では、基本である姿勢、呼吸、発声、滑舌などをひととおり確認、練習したあと、前回の課題書のプレゼンテーション。

 

約1ヶ月で、どう磨いたか。各自、どきどきのお披露目だ。

 

『Mr. Rabbit and the Lovely Present』を全員が数場面ずつ読んだ。

 


おお!

一番の成果は、登場する3者(少女、ウサギ、ナレーター)の声が、3人きちんと違う人物だと聞いてわかるようになったこと。

 

これだけでも、聴衆にとって話がずっとわかりやすくなる。

 

次に、変化が見られたのは、言葉ひとつひとつに対する神経の持ち方。
新人ほどその変化が大きい。

ただし、まだ漏れ(感情があやふや、無意識など)または、不自然だったり違和感をかんじさせるところがある。

 

「年期」がここではものを言うようで、ベテランはこれらの漏れが少なくなっている。

ただ、不自然さや違和感は、「年期」にかかわらず出てしまうこともある。
ベテランにはそれをたいていは聞き分ける耳ができているはずだから、録音を聴いてみるといい。
新人は、機会をみて力を貸します!

 

最後、キャラクター造型上の変化。

みなさんが努力はしてくれたらしい。

努力の痕跡?がところどころに見える人と、かなり全体的になって物語が立体的に見えてきた人まで、造型の完成度にはばらつきがみられる。

 

少女キャラ。
子どもで「無垢」、言葉を変えれば比較的「単純」なキャラクターなので、かなりいい線までそれぞれたどり着いていた。大進歩!

声の若さ、清純な少女らしさは、より現役に近い人たちがやりやすいかもしれないが、それでもただ声を出せばいいわけではない。
本年度の「若者」受講者たちは、ちゃんと意識してこの本に合った少女になっていた。

先輩たちも、でも負けていなかった。

たとえばHさん。気持ちのいい素敵な少女の声。口調もあと一歩、少女らしさを加えるとさらに素晴らしいものに。
さて問題は、ちょいと難しいキャラクターのMr. Rabbit。

この男、何者か。

 

ミステリアスでもあり、性格的にも根はいい人だがそれだけでもなく、皮肉屋なのか、どこか曲者間がある。

 

そこのところが、RさんのMr. Rabbitからは醸し出されていた。よかった!

 

ただの「おじさん」という括りで、のっぺり2D的なMr. Rabbitが跋扈していたかな。

 

みなさん、仲間のよかった「芸」を盗んで、さらに自分の芸に磨きをかけて!

半年先の発表会を楽しみにしていますゾ。