朝日カルチャーセンターで『声に出して読む英語絵本』講座〜リードアラウド研究会

『声に出して読む英語絵本』は、朝日カルチャーセンター(新宿)で開講している小さな講座だ。

1回90分で全6回の講座を、2017年から継続させていただいているのはありがたい。

テキストとして選書した2冊の絵本を手元に置いていただき、内容を深く読み込む。

ディスカッションで読解していき、感情表現や語り口などを考える。

わたしが「リードアラウド」と称している読み方だ。

体を使って表現することが少なくなった人間にとって、リードアラウドは、解放感と喜びを感じる行為となる。

それに加え、素晴らしいのは、リードアラウドの読み方だと、英語の絵本にも関わらず、子どもにも内容をかなり分かってもらえたり、楽しませたりできること。

聞いている方も絵本が読みたくなり、音読・読書や学習のきっかけになるなどの副産物も大きい。

ということで、読み聞かせをしていらっしゃる受講者も多い。

以下は、今回、機会があり受講者に寄せていただいた感想の抜粋です。

もったいないお言葉!

エネルギーが湧いてきます。

どうもありがとうございました!

*声に出して読み伝えることの難しさと面白さを毎回痛感しています。意見交換をしながら絵本を深読みし、アドバイスを受けながら恥も外聞もなく色々な読み方にチャレンジして「読み」を仕上げていく……。最初は恥ずかしさもあり、心の中では「え~っ?」「できない~!!」の連続でしたが少しずつ慣れてきました。

*「ただ読める」レベルから全く違う発見がたくさんあります。

*なにより、面白いと思える学びの場があり、参加者同士が切磋琢磨できる場に出会えて嬉しいです。

*取り上げていただいた絵本はどれも魂が吹き込まれ生き生きと輝いています。

*尽きぬ探求心と愛情をもって読む者には(本は、)惜しみない愛を与えてくれるのですね。

*より深く踏み込んでどの様に表現につなげていくかということに挑戦したことは、テーマをより深く考え理解することになり、大変勉強になりました。

また音読の技術面からのアプローチも素晴らしくワンランクアップの読みの境地を覗いたような心境です。

*受講者の個性を尊重しながら押しどころと引きどころの先生の技(?)が素晴らしいです。自分の可能性と柔軟性も実感できることも楽しい事です。

Piggies

Frederick

#絵本リードアラウド認定講師オンライン講座

#大人英語セミナー

#キッズブックス英語スクール(親子、小学生、中高生)

英語支援員は見た!『David Goes to School.』と小5〜キッズブックス英語スクール

区の「外国語活動」の手伝いで、小学5年生の4クラスで『David Goes to School.』をリードアラウドした。

前の学期に『No, David』をしてからの、第二弾。

 

今学期は恵まれて約30〜40分の枠を2つ、どのクラスにもいただけた!

 

本書のペーパー版を奮発して20冊ほど用意したので、二人に1冊の本物の本を手元に置かせての、ほぼ原型通りのリードアラウドだ。

 

「この子はだーれ?」

のしょっぱなの質問に、何人もが「デービッド!」と答えた。

 

ここでも少々感動。覚えていてくれてるということは、ちょっとは「英語や英語絵本に興味を持たせる」ことができているらしい。それに「でびっと」と言う発音ではないところに、嬉しくなる。

 

「今日はこの本です」と本を掲げ、手元にはそれぞれの本を配ると、ガヤガヤ。何をDavidがしでかすか、興味津々でぺちゃくちゃうるさい。でもいいガヤガヤ。

 

目立って喜んでいるのは男子。とてもDavidのことが理解出来るらしい。

本書のある場面。

午後の授業中、立ち上がったDavidが体をくねらしていて、先生は一言「Again?!」。

そこで、状況を把握しての素晴らしい表現(「お手洗い行きたくなるのがこれで何度めか」との先生の驚きと、授業中に行くなという憤怒のミックス)で、読んでくれた男子がいた。まるで実演。みんなにも大受けだ。

 

いやー大人顔負けの生き生きとした表現が、あちらこちらから出る、出る。

もう一つ、大受けした表現は、「反抗期のみなさんに『使える英語』です!」と言って、紹介したフレーズ、

I don’t care!

 

本文では先生が喧嘩するDavidたちを叱った台詞だが、前半のこの部分は、子どもの口答えにぴったり。

反抗期、といわれたのが嬉しい(?)らしく、我こそは「反抗期真っ只中」と白状する挙手がたくさんあったのが、傑作。

 

その反抗期のみなさんに、”I don’t care!” と大人(わたし)に口答えするという小芝居?をしてもらった。

そのうまいこと!

ピチピチした表現でかつ英語で。完璧だった。

 

素晴らしい表現と、律儀な「指差し」ながらの読み、みんなの盛り上がり、これぞリードアラウド。

5年生のみなさん、どうもありがとう!

時間を下さった外国語担当のI先生、どうもありがとうございました。

日本の小学校の英語教科書〜キッズブックス英語スクール

ここ1年半、自分のスクールに加えて区立小学校5、6年生の教室にも毎週お邪魔して、現在の子どもたちの英語学習の一端を見てきた。

そして、今朝はこの発言を読んだ。いつも頷くことの多い鳥飼久美子さんの英語教育に対する意見だ。

 

やはり、そうなんです。

英語学習で大切なことは、読むこと。Reading!

 

なのに昨今、会話が重視されてきて、小学校5、6年生の教科書は、「会話」で占められている。

が、その会話がどうも弾まない会話で、読んでいて飽きてくる。内容も深みがない。

 

教えるものが「これだけ」と決まっていて、それで面白い話、考えさせる話を書くのは難しいのはわかる。

並みの力では書けない。

 

同様の「ミッション」を受けて大成功した例の一つは、Dr. Seussの「I Can Read」シリーズだろう。

『The Cat in the Hat』など、見かけは文字がたくさんあるが、繰り返しや韻を踏んだ単語が多用されていて、読みやすい。読んで頭も、舌も、目も楽しい。

readingで学ぶ、語彙、文法、音読の楽しさ、読解するに価する内容、会話も一冊に入っている。見事だ。

いっそのこと、版権を買って教科書として使わせてもらったらどうか、くらいに思っている。(まずは先生方へ、楽しみ方の御指南が必要かもしれないが)

 

Dr. Seussは天才で、そんなにそこらに天才はいない。

英語圏にも、子どもに読みやすいようにを目的に書いた、つまらなーい絵本は山ほどある。

 

英語は読むことで力がつく。

つまらないものは読む気にならない。

読む気にならなければ読まないから、英語の力がつかない。

 

こういう状況を知っていてどうにかしたいと考える人たちに、考える費用もちゃんと版元が支払える国の予算をつけて。

そして、その考えを汲んだ英語がわかる才能ある作者に、国際レベルの予算をつけて欲しいものだ。

私企業の予算ではなく、国家予算。子どもの教育は、国家事業。

Shilversteinを読む〜リードアラウド研究会

『Where the Sidewalk Ends』をリードアラウド認定講座で、そして『The Giving Tree』は朝日カルチャーセンター(新宿)で、受講者の皆さんと読んでいる。

どう声にしたらよいのか。まさに、表現するための精読が必須だ。

認定講師講座(ワークショップ)では、これまで10数年の間で課題になった本のうち、本書が一番の「大著」だろう。

 

第8回目の今回は、この中から「Invitation」と、本のタイトルにもなっている「Where the Sidewalk Ends」のリードアラウドだ。

 

20年以上前のこと、インターナショナルスクールの小学生(3-4年生?)が、本書をbook fairで見つけて、ぎゅっと抱きしめ嬉しそうに購入していった場面を思い出す。そして、そのこと(小学生でそんなに読める!)で、ちょっと愕然とした。

 

英語指導者として、英語を日本で教えるなら、名作と言われロングセラーであり、英語圏で子ども自身にも愛され続けている本をもっと知って、日本の子どもたちの目指す英語力を今よりもっと高いところにイメージしたい。

 

「ご飯が食べられなくて、ひもじい」と言ったら、「おやつを食べればいい」と、マリーアントワネットのような答えをする小学生が少なくない日本で、Silversteinの、本書から聞こえる声を理解するには、多少文化的社会的背景の解説も必要だろう。

「Invitation」で、作者が「おいでよ」と声をかけているのは、世間では「悪い子」「不良」と呼ばれている子もふんわりと含まれている。それとなく、そして「普通の子」でもそう言った要素があることにも気づかせる。おまけに、大人の読者も呼ばれている気がしてくる。

これらの言葉からイメージできる「呼びかけ人」は、スーツなんてネクタイなんでほとんど身につけたことなどなさそうな、年齢不詳の、生き生きとした目をしたちょっと恥ずかしそうな大人かな。

偉そうじゃない、頭が固そうじゃない大人。ま、学校の校長先生などの中では、なかなかお目にかからない感じの大人だ。

いわゆる「難しい子」さえ、聞く気にさせるinvitationとして、この詩の読み方を磨こう。

 

そして「Where the Sidewalk Ends」。表題にもなっている、三連の詩だ。

情景をみんなで、あーだこーだと言いながらイメージする時間も大切だ。

すらすら読む皆さんは、もう世間一般の「英語すらすら」の域なのだけれど、言葉が心に残らなかったり、情景が言葉を聞いていて思い浮かばなかったり。それは、それぞれの心で「どういうことだろうか」と考えたり、具体的に「絵」を頭に描いていないから、聞く人にも伝わらない。

そこで必要なのが、言葉の意味を反芻し、言葉が描いた場面を描くこと。

 

人の描いたものにただ納得するのではなく、自分の中の意味と場面にすると、ありありと詩の世界が見えてくる。

さあ、そしたら声を出してみる。

朗々と詠うのではなく、まずはこの詩を自分の喋りで「しゃべって」みるといい。

 

「いろいろ言葉が詰まっていて、読んでいるうちに胸がいっぱいになってしまいました」

ーMさんの朗読、確かに途中、少しだけ不明瞭になったところがあったが、聞いていてそこで余計にこちらの胸も熱くなった。

 

次回を楽しみに。