不条理劇のような絵本『The Rock from the Sky』の表現を考える:その2〜リードアラウド認定講師講座第5回

不条理劇のような絵本『The Rock from the Sky』は、5つの話に分かれていて、ページ数も96と分厚い。

というわけで、ワークショップも2回にわけ、初回の今回は主に分析、読解から指導者自身の表現力磨きを、そして次回はそれぞれ指導計画を作り、それにそって模擬指導をして指導力を磨くものにした。

 

聞き手に、それも主に子どもを対象に、空から巨大な岩(たぶん地球の外からの隕石)が落ちてきつつあり、地球外生物のようなものが地上で破壊行為を始めるといった不条理な状況や、登場人物(カメとアルマジロ)それぞれのユニークな性格、そして各話で進行するよく説明できない出来事などを、飽きさせず面白く語るには、こちらがかなり読み込んでおく必要がある。

 

ディスカッションで、分析と読解を深めていく。

不条理な話である。「正解」はないだろう。

でも考える時間を持つことが、表現につながる。

何も考えないでいると、大人になった人間のさがか、これまでの型どおりに片付けようとしてしまう。

 

 

「正解を習う」ことに慣らされている日本育ちのわたしたちには、思考を深めるためのディスカッションの時間を、

もしかして、ディスカッションを「時間の浪費」と考えている節もあるかもしれない。

 

この日のディスカッション、どうみなさんに効いただろうか。

 

ワークショップの最後に、みなさんがもう一度、リードアラウド。

ぜんぜん違った。

 

 

登場動物の存在感が増し、そこにいるような感じがところどころに見えてきた。

ニュアンスがあって、おかしさがこみあげるところもあった。

 

さあ、その調子だ。

次回のワークショップに期待できるかな。

不条理劇のような絵本『The Rock From the Sky』の表現を考える:その1〜リードアラウド認定講師講座第5回

7月の講座は、この本『The Rock from the Sky』その1

なんとアメリカの書評では、カミュの『シージュフォスの神話』や、ベケットの『ゴドーを待ちながら』など、不条理小説、不条理演劇と呼ばれる作品が引き合いに出されることも多いことから想像がつくように、子どもに人気なだけでなく、大人が深く考えさせられる絵本でもある。

 

空から巨大なrock、隕石(?)が、地上にいる登場人物(動物)の頭上にいつ落ちてくるかわからない状況なのだが、知っているのは読者だけ。

何のためなのかわからないのだが、だれよりも「いい場所」をみつけたと自負するカメが、アルマジロをそこへ誘うが、「なんだかよくない気がする」とアルマジロは別の場所にもっと「いい場所」を見つける。

別の場所といっても、ただ直線的に離れたところで、なぜそこのほうがいいのか誰にもよくはわからない、「なんだかいい感じがする」。

ならばと、確認のためアルマジロの「いい場所」へ出張中に、カメの「いい場所」に巨大な隕石が落下し、結果的にカメは命拾いする……。

 

人生何が幸いするかわからない、ってことか。アルマジロは直感力があるのか。「いい場所」としょっぱなから言うけれど、何がいいのかー運命をまっとうするのに?それとも生き延びるのに?他人と関わることが、命拾いにつながるってことか。

うむ〜。疑問が次々に湧いてくる。

 

このような第1話から、地球外生物が地上で破壊行為を始めていたり、平和な時間が流れたりで、第5話まで続き、それが一冊に収まっている。

 

近未来的、デストピア的でもある。場面はほぼ固定され、変化が少ない。閉塞感も漂う。

 

こんな話、ちゃんと子ども向けとされた絵本では読んだことがない。

小学生3〜6年生に読んだところ、飽きずについてきてくれ、知らぬ間に運よく生き残るカメのキャラは、笑いもとっていた。

 

「子どもにいいのだろうか」と思うのは、まだマザーグース的、またははらぺこあおむし的(?)絵本の世界に生きている証拠かも?

 

若い世代がかいて、若い世代に受け入れられている新しいタイプも、どんどん吸収し、それなりの表現をして伝えたい。

 

本文は、会話劇のようになっていて、カメとアルマジロの台詞で成り立つ。

5話まであるので講座では、2回に分けた。

今回は、読解と表現の演習をした。

 

(つづく)

 

『Grandfather’s Journey』を大人とリードアラウドして〜リードアラウド研究会

先日は、オンラインでの認定講師講座、課題書は『Grandfather’s Journey』だった。

大人を対象にこの絵本をリードアラウドしようという、英語指導者のみなさんとの3時間だ。

たくさんの発見があった。

 

特にはっきりと再確認したのは、「読解と表現の相関が高い」(読解が深まると表現が深まる。表現が深まると読解が深まる)ということ。

 

リードアラウド講師講習では、いくつか「技術的」な演習もする。ひとによってはこれによる効果を大きく感じさせる。特に、ある期間継続すると、ある程度の表現力として定着する。

 

だが、表現の上で一番大切であり、仮に一回の講習しか取れない場合には、その後もじわじわ効く可能性があることがある。それは、絵本はちゃんと読解して読むものだ、という絵本への向かい方を知ること。

 

このたびの受講者のひとりが、読解に多くの時間を割いた本講座の仕上げに、通読するのを聞いていて、その読解の深まりを、同時に表現の深まりを確信した。

 

特に本の後半、おじいさんが日米間の戦争に翻弄されてしまう場面だ。

力強く伝わる読み手の感情に、こちらの感情も揺さぶられ、思わず熱いものがこみ上げた。

「怒っているのでしょう?」と問うと、

「はい、わたし怒っていますよ」と。

 

技術的にはまだ磨けるところや、感情の取りこぼしがあっても、本人なりに深く読解ができたところは、本文の言葉に読み手の心が乗り、聞く人の心をも揺さぶることができる。

 

 

 

公立小学校で『No, David』をリードアラウドしたけれど〜リードアラウド研究会

小学生の英語の現状を肌で感じるために、ここ1年、区立小学校の英語支援員として5年生と6年生の「外国語」支援をしている。

学期末の先日は、5年生2クラス(約70人)にそれぞれ『No, David』をリードアラウドした。

 

10余年前に関わった公立小学校の雰囲気とは、ずいぶんと違う。

第一に、英語慣れしている。

英語を嫌がらない。

パラパラ見て、読める英語があり、自然に拾い読みする子どもが少なくない。

英語が少々でもできることを、隠したりしない。

 

「今日はリードアラウドで、みんなが声に出して、絵本の場面場面の臨場感を出して、読むんだよ」

と言うと、10数年前の件の公立小学校では、「しーん」とした不安そうな空気と、「えー」という拒否する空気が感じられた。

 

なのに、今やなんだろう、この「いいよ」といったリラックス感。

小学校での英語教育は、少なくとも多くの英語への恐れのようなものを払拭したようだ。

 

さて、とりあげた絵本は、悪戯坊主のDavidが、Momに叱られるようなことをし続け、それをMomが叱り続け、最後に「惨事」を起こし反省したDavidを、優しく許してあげる、という話。

 

「こんなとき、みんなのおかあさんは、どんな言い方で叱る?」などと場面ごとに問いかけて、「こんなだ」「あんなだ」とか発言を聞く。

そして、「じゃ、そんなかんかんの、おかあさんになったつもりで読んでみよう」と、リードアラウド指導の「めだま」、感情を言葉に乗せる練習を楽しませるうちに、英語のフレーズに慣らす、という作戦だ。

実際、教室では、大声を出したり、おおっぴらに人真似したり、で盛り上がって、あっという間に40分はふっとんだ。

 

終了後、「いい汗かいたな」とかなんとか、いい気になって一息ついているときだ。

「あっ」と、冷や汗が。

 

油断した……。

 

おかあさんが、いなくなった。新しいおかあさんとうまくいってない。おかあさんしかいない。または、おとうさんしかいない。おかあさんは忙しくて、かまってもらえない、などなど。こうした問題がある児童も、この小学校には少なくないことを、ちらっとは聞いていたのに。リードアラウドの最中に、わたしの意識からそれらが抜けていた。

 

いい訳は、こうだ。

わたしのリードアラウドの以前の「ホームグランド」は、豊かな家庭の子どもが多い私立のある小学校で、そこでの10年の経験が、主な小学生イメージになっていた。

両親がそろっていて、きれいな家に住んでいて、ちゃんと毎食ご馳走を食べている。本書の主人公Davidも、そのような感じで描かれていて、状況を共有している感じがあった。

 

配慮すべきは、2022年という、国民の貧困化が取りざたされ、子ども食堂なるものも増え、共働きで、きつきつの生活の話を聞く時代になっていること。おまけに、裕福な家庭が多い地域ではないと言われるところにある公立小学校だということだ。

 

 

わたしのちょっとしたコメントや、冗談、挙げる例に、このような時代的な、地域的な、家庭環境的な配慮があったか?

もしかして、「年の功」でいいくるめて、すれすれセーフだったか?

 

「そういうところだよ、おまえさんの甘さ!」ーーーいい年して、今更、昔に叱ってくれる人がいた頃の、言葉を思い出す。

 

 

 

 

英語絵本に、はまりました!〜大人英語プライベートレッスン

一般の大人向けに、絵本で英語が学べる『大人英語プライベートレッスン』を、ごく最近、開講した。

希望により、対面70分のレッスンだ。

 

予めいくつか挙げたテキスト絵本から選んでもらった最初の一冊は『Swimmy』

リードアラウドをいろいろ知り始めた人は、難しそうと敬遠するかもしれないが、やりたいものが一番。

 

新入会の受講生は、普段から仕事で英語を使っている。

初めに通読してもらうと、なるほど、すらすら読める。

英文の解釈も問題なさそうだ。

さあ、これからなにをどう指導していくか。

 

「すらすら」読めるのだが、内容が伝わらず、読み上げる状態。

よくあるケースだ。

わたしは朗読が、フィルム写真の現像で印画紙を現像液につけたときのように感じる。

始め、ぼんやり、かすかな濃淡で現れる。

だんだんと濃淡がはっきりしてくる。

そして徐々に輪郭が現れる。

奥行きも見えてきて、立体的になる。

最後に詳細部分まで見えてくる。

多くはここまで。

芸術的・絵画的な味付けをして芸術作品にすることは努力と才能次第。

 

朗読も似ている。

受講生の第一回目の「朗読」は、ほぼのっぺらぼう。

物語がほとんど見えず、霧の向こう。

そこで最初のレッスンでの目標は、各シーンを嬉しい・悲しいに分けて読むこと。

シーンごとに、嬉しい・悲しい気持ちを作って読む。

要領がわかったところで、持ち帰り。

 

そして第2回目のレッスン。

驚いた。

第一声で、明暗が全部についている!

霧の中から、Swimmyの明るい気持ち・暗い気持ちの場面がぼんやり浮かび、ドラマの展開が分かる。

 

このあとは、細かい感情を文・文節・単語単位で考え、言葉や文に乗せる練習。

各シーンを自分の頭のなかに写して、それを見ながら言葉に合わせていくような作業。

その際、声の強弱・高低、読み方の緩急など、機械的な調整も少々。

 

そして、先日の第3回目。

表現をさらに深めるため、心から生まれる表現にするため、作品分析をしていたところ、

「大人の世界の一面を描いているようでもあって、いろいろ考えられる。絵本に、はまりました! 面白くなりました」

という発言があった。

 

そうでしょう?

ですよね。

Welcome to リードアラウド!

 

 

大人英語プラーベートレッスン 絵本の朗読で英語を学び直す