『The Book with No Pictures』〜コメディアンでもある作者が読むと

『The Book with No Picture』は、リードアラウドするものとして、食指が動く本だ。
作者はB.J.Novak、まだ若いコメディアン、プロデューサー、脚本家、作家、俳優…という才能あふれる人だ。

その作者自身が読んだ本書、これぞリードアラウド。
ただし、相手は英語母語者なので、まったくの読み聞かせ。
それにしても、学ぶところが多い。

英語の先生たちの研修会〜参加者の声(抜粋)

ある英語塾の研修会に集まった先生方(各30人ほど)から頂いた声。

・こちら(先生)が元気であることが彼ら(生徒)のパワーを引き出すということ、身を以てしらされた思いです。

・どんどん発言させられることは、実感として、(英語が)身につく。かなりドキマギはしましたが。

・音読すること自体を楽しくしなければ、子どものモチベーションは続かない、ということを通説に感じる研修でした。

・とても大笑いすることの多い研修でした。

・(大島)先生は視線が止まらないよう、始終動かれる。私どもも、先生は次に何をおっしゃるだろうと目で追い、集中する。とてもよいお手本でした。

・1冊の絵本を色んな読み取り方で読んでいいんだと思いました。

・先生がすべて教えてしまわず、次は何?など生徒の興味を引き付けるヒントがたくさんありました。

・動きのあるレクチャーにひき込まれました。

・声に変化をつける、という、あまり気にしていなかったポイントを、気づかせて頂きました。

・声がいかに大事であるか、学ばせて頂きました。

・いろいろな読み方を工夫するだけで、こんなに絵本に集中できるとは思いませんでした。

・おかげさまで、「あっ」という間に(研修が)終わりました。

・目からウロコという感じで、絵本をこんなに面白く教えられるということを、長年(教師を)やっていて初めて知りました。

・以前、子供の読み聞かせをしていたことがあるのですが、その時は本を読む時はあまり自分の気持ちを入れないように言われたのですが、今日の指導で(大島)先生のやり方をすれば、子供と楽しめ、自然に英語の本になじめ、口からでるのではないかと思いました。

・リードアラウドでは、単に大きな声で発話するだけでなく、細かい技術(抑揚、アクセント、強弱など)それらを駆使することで、感情表現が更に豊かになることで、細かい文法や単語の意味がわからずとも伝えられる。素晴らしいと思いました。

・毎回こういうレッスンを子供たちにするには、かなりの体力と気力が必要ですが、何とか私なりに頑張ってみようと思いました。

こんなありがたい声を聞かせて頂いた。
研修会でのリードアラウドのイントロダクションが、お役に立てたみたい?

3月8日のミニワークショップでは、実際におすすめ絵本3冊を使って、リードアラウドを出来るように!
ブーツキャンプ!!

『The Odd Egg』不思議なカモかも?〜神保町でリードアラウド

先週は、ブックハウス神保町で5歳前後の子どもたちとリードアラウドだった。

13:30の開始の前に、会場近所のカフェでランチ。
列に並んでいると、下方からの視線を感じた。
「ん?」
5歳くらいのお行儀のよい女の子が、ちらっちらっと、こちらを見ている。

横のおかあさんらしき人が会釈、そして「また後ほど」の挨拶で納得。
以前にリードアラウドに参加した親子で、この日も参加してくれるのであった。

こんな小さなお友だちもできる、わたしにとっても楽しみな会なのである。

さて、リードアラウド。
この日は、知っている顔が半分くらい。

本は『The Odd Egg』。
いろいろな種類のトリたちがみんな卵を孵しているのに、カモだけが卵なし。
でもどこからか卵を探し出し、温めだす。
でも、その卵が変なのである。
その変な卵、the Odd Eggとカモの話だ。

参加者のなかに、見覚えのある、超恥ずかしがりやの少年もいた。
どうしても前の席に座らない。
今日は、店のペットの大きなぬいぐるみの「クマとなら座る」というので、クマとの参加だ。

なんだ、かんだと、わたしがツッコミを入れて、子どもたちが応えたり、逆につっこんできたり。
楽しく、声もところどころで轟かせ、読み合った後に、
「ところで、クイズがあります」とわたし。

「びびび」という感じで引き締まる、終わりモードになった子どもたち。

The odd eggからある動物が孵って、カモのことを「Mama」と呼んで、めでたしめでたしとなるのが最終ページ。
「この子が言っていることは、あっている?mamaで、いいの?」
ーこれがクイズ。

「えーー?」
と会場が少々どよめく。

「ママなんだから、mamaって呼んでいい」
そう思っていたのだから、子どもたちはちょいと混乱する。

しばらくして、「ヒント!」とせがむ声。
考えている証か。
しめしめ、と思うわたし。

ネタバレするので、答えは書かないが、子どもから正解は出た。
英語の基礎知識で導く正解で、ちょっと子どもからの答えとしては優等生すぎ。

ひとつ期待したのは、絵から導く答え。
博物学的にわかる子がいるかな、ということ。

このカモ、おそらくマガモだが、その実際のカモを池などで見て親しんでいたら、わかりそうなことだったが、残念。
動物とのふれあいが、今の日本の都市生活では不足気味かもしれない。

わたしにとっては、子どもと交流する貴重な機会でもあるリードアラウド。
学ぶことが多いが、さてさて、子どもたちも何かを得てくれただろうか。

◎次回のブックハウス神保町でのリードアラウド/リーダーズ・シアター
「リーダーズシアター」3月15日。
Not a Box』で。
出演は、石井れいこ先生と三浦ヒロコ先生。

電脳がヒトを「快勝」させる〜先生も持ちたい「楽しませる力」

北陸先端科学技術大学院大学の「エンタテイメント・ゲーム情報学」の研究についての、新聞記事を読んだ。

はっと目が止まったのが、以下の部分。

 人間を相手に教えたり楽しませたりするには必要な機能がある。
例えば、うまく負けてあげる力。
あからさまな手加減と気づかれる手は打たず、シーソーゲームを演じた後に試練や好機を与えて「自力で勝った」と思わせるのだ。

これ!
先生にも必要な「機能」だろう。
授業中の生徒とのかけひきは、この力を発揮しなければ。
生徒に「快勝した」と思わせる力。

また、次のような指摘も。

 演出はほかにもある。
次の手を打つまでの「間」は早すぎず遅すぎずが鉄則だ。
すぐに打ち返すとおざなりになり、必要以上にじらすとストレスを与えてしまう。
攻撃的だったり、守りに強かったり、さまざまな個性も演じ分ける。

ここでも、リードアラウドで大切と言ってきた、「間」の大切さが挙げられていることに、ちょっと驚く。
授業を進めていくうえでの、「間」も同様に効果的だ。

リードアラウド研修の先生方の授業デモンストレーションを見ていて思うのは、生徒とのやり取りで、「すぐに打ち返す」ことが多いな、ということ。

これを「おざなり」と、とらえているのは、新鮮だった。

そう、ひどい言い方に聞こえるかもしれないが、先生が生徒を「おざなり」に扱うことは、そう稀ではない。

「間」をあけて!

ときに、くどい先生もいる。

「間」があきすぎているわけだ。
それは生徒に「ストレス」を与えているという解釈も、新鮮だ。

そう、「きもーい」のような感想がでるのは、生徒が先生の反応にストレスを感じての悲鳴なのかも、と疑ったほうがいい。

電脳の「楽しませる力」を開発中というが、われらヒトは元々、「ヒト脳」のなかにこの力が潜んでいるはず。

もっと掘り起こして、電脳に負けないエンタメ力をつけるようにしたい。

キッズブックス英語スクール meets Big Fat Cat〜その2.その指導者編

Big Fat Cat(『ビッグ・ファット・キャットの世界一簡単な英語の本』向山淳子+向山貴彦+たかしまてつを著 幻冬社刊, BFC)とは、「ネコが好き」などなど長ーい理由があって、ブランクも長ーいが、知り合いである。

先日、瓢箪から駒が出て、BFC(の化身、向山貴彦氏)がわがスクールの4年生(リードアラウドを4年学んだ生徒)ふたりに、特別講義をした。

生徒たちが何を学んだかは、本ブログ(その1)で書いた。
今回は、指導者が何を学べるかの巻。

わたしがリードアラウド指導者向けのワークショップをしていて感じるのは、指導者(研修生)に「面白み」を出すように指導するのが難しいこと。

「面白くして下さい」と言われても、そりゃ難しいでしょ。
と、研修生の身になって考えれば分かるのだが、リードアラウドの大きな目的は、英語を楽しい、面白いと思ってもらうこと。

リードアラウドの指導者には、面白みが欲しい。

BFCの本も講義も、面白い。
英語をもう一度勉強しようかな、と思わせる力がある。

リードアラウドの指導者として学べるのは、その面白さ。

面白いと思わせる技、といってもいい。
いくつか、この日のBFCの講義から学びたい。

1. リラックスする、リラックスさせる

楽しむためには、先生もリラックスしたい。相手もリラックスさせたい。
なぜリラックスできないかといえば、初対面だから。
または、よく知らない同士だから。

リラッックスのためには、聴衆や生徒とふれあうこと。

BFCはこの日、ちょっと特別な手、チョコレートを使ったが、それだけではなかった。
講義を開始する前に、生徒と視線を合わせて、雑談をする。

その際、BFCはなかなかいい手をとった。
「花の女子」にぐぐぐっと近寄って、ご挨拶したのだ。
(「ぐぐ」では、ちょっとでかえって不気味。「ぐぐぐ」の近さが絶妙)

あまりの近さに、女子たちは「近っ!」。
こんなくだけた発言を引き出せたら、掴みは万全ということ!

BFCも同時に、意識的か無意識的か、リラックスしたに違いない。

2. 物語のような語り口、流れ

急にはできないところだが、めざすのはstory-telling。

これには、講義する「材料」を身体で知っている必要がある。
リードアラウドなら、その日使用する絵本だ。

BFCは自分が本の作者だから、身体で内容を知っている。
いくらでも、違った切り口で話ができる。
有利ではあるが、天性の話術もあって少々、凡人はふり。

しかし、作者の次くらいにその本を読み込む気で臨もう。
だから、準備は何しろ、読んで読んで読み込むこと。
天才でないのなら、準備を怠らず。

講義しよう、教えようとする内容を、自分の深いところで知っていると、どこからでも糸口を見つけて、物語りできる。

3. 要点と到達点は押さえるが、準備して来たその他のことに固執しない

生徒は生き物だ。
やりとりしながら講義は進める。
そして、そのときどきの生徒の反応に対応する。

寄り道、回り道、別ルートを行くことにもなるが、それを楽しむ。
これは、自分の新たな「引き出し」になるので、大歓迎する。
その空気は、生徒に伝わり、どんどん解放されて、面白い意見や表現が出ることにもなる。

この日のBFCは、これまでのPG18だった講義をPG12にと、多少はその準備で臨んだのだろう。
だが、想像の12歳とリアル12歳で、軌道修正が必要と即座に判断。
その後の流れは、多くはアドリブでされた模様。

PG18ならOKでも、PG12ではPCではない語彙「尻軽」などが、何かの折りに飛び出してしまうようなところは、大人として楽しかった。

いつもは、主人公Edだけが「役者」なのに、この日の少女たちが異性に興味がありそうだと察したBFCは、Chrisというイケメンを登場させた。
用意して来たであろう他の例を、ぽーんと放り出す潔さ。
即興の楽しさが、ここに生まれる。

4. イメージを生徒に残す

たとえばこの日のことを、100日くらい経ってから尋ねられた生徒は、どう印象を語るだろう。

「いちごの話だった」
だけかも知れない。

「麦わら帽子をかぶってしゃがんで、道端のstrawberryを積んでいるおばさん」と「『とちおとめ』とか書いてあるプラスチック箱にきれいに並んだ『いちご』」が、浮かぶかもしれない。

それでもいい。
英語のstrawberryと、日本語の「いちご」は、実は同じではない。
それぞれが意味することを、それぞれの言語で直接イメージできることが大切だということ。それが、深いところに刻まれただろうから。

ところで、イメージが残ったのはなぜか。

具体的かつ、その肉付けが面白かったから。

たとえば、実際にアメリカの田舎のおじさんみたいにしゃがんで、strawberryを積んでみせた。
傑作な姿だ。

バシャッ。
わたしの頭の中のカメラのシャッターが下りた。

印象づけ大成功!

さあさ、みなさん。
ちょっと、自分の授業を面白くしてみませんか。