「グランドホテル方式」のドラマを見る~ある『オリエント急行殺人事件』

演劇や映画に「グランドホテル方式」というのがある。
ホテルのような大きな場所に、様々な人生を背負った人々が集まって、そこから物語が展開する。
群衆劇、ensumble castとも呼ばれる方式だ。

英語絵本のリードアラウド、リーダーズシアターの指導をしていると、どうしても朗読力というか演技力が気になってくる。
その中でも「キャラクター作り」は、表現の総合的な力が試される。

この「キャラクター作り」の競演を見る楽しみが、グランドホテル方式のドラマにはある。

この方式の代表的な作品に、アガサ・クリスティ作『オリエント急行殺人事件』があり、たまたま日本TV版で見る機会があった。

それをきっかけに、これまでのアメリカ映画版、イギリスTV版と比べながら、役者たちのキャラ作りに注目してみた。

日本版は、パロディ遊びというか、監督の「あて書き遊び」の色が濃く、たいていの役者の演技は、そらぞらしくてもヨシとした模様。
あまり役に立たない…。

「こういう人、いるいる」とか「この時代には、こういう人いたんだろうな」とか思わせるのが、キャラクター作りの基本的な目標だ。

そういう基本を学ぼうと、役者の演技力を目を凝らして見ているものにも、新鮮で強い存在感を感じさせ、見習いたいと思わせたのが、富司純子さん。

まず表情。
「この登場人物、美人なのにどうしてこう、話すときの表情がよくないのかな。過去に何かあったか、暮らし向きがあまりよくない?」と思わせる。
富司純子さん本人は美人で上品なので、こういう役を演じるのは本当は難しいはずだ。
日本のいわゆる「美人女優」は、なかなか「美人」の殻から出て本格的な俳優になれていない。

それにしても、富司純子さんの、美しくない顔の向き方、角度の取り方など、キャラクター作りは素晴らしく本物臭い。

声。
浅めの発声で、高貴さを消している。
口の開け方からして、ちょっと歯茎を出すようなところまで違う。

仕草。
これもリアルだ。
なにか、ちょっとがちゃがちゃした感じが出ている。
リードアラウドするときには、あまり重きを置かない要素ではあるが、
仕草をつけることでリアルな声を作る、という場合もある。
名優の観察はしておきたい。

いやはや、名優。
今や、「もしかしたら、富司純子さんって本当はこういう人?」と思ってしまいそう。

さて主役で、大変興味深い演技をしていたのが、野村萬斎さん。
名探偵の役で、濃い。

濃い演技には、好き嫌いがつきもの。
それに、「慣れ」が必要だ。
「こういうヘンな人、いるかもな」と思わせる程度の「濃さ」にしないと失敗だ。

たとえば、成功したのは、『古畑任三郎』か。
かなりヘンだが慣れて、存在そのものがギャグになった。

さて、野村さんの探偵。
見ていて、2時間内では慣れることはなかった。

声。
さすが張りのある声で、いろいろ出せる声のうち、高めのを選んでいるせいか、自然体の演技がつけにくいのかも。
唸るような発声のときは、他の出演者を置いてきぼりにして、ひとりで舞台に立っているような雰囲気にも。

ときどき出る、地声らしきストレートな低めの声は、とてもハンサム。
はっと「この人、正気に戻ったのかな」と思わせる。
ーということは、この探偵、ちょっと度が過ぎた変人か。

日本人に置き換えている「オリエント〜」なので、欧米でのポワロ役、特にアメリカ版のに則ると、やりすぎになるような。
イギリスのポワロは、個性的だがこういう人、フランス系(ベルギー、とポワロはいつも正す)ならいるかも。

高貴な方々も乗り合わせているこの殺人列車、この探偵の社会的位置づけも、ちょっとあいまいか。
野村さんのオーラーが強くて、役として格が上の役の俳優が、かすむことがある。

ああ、こうして考えて行くのが、とても面白い。

イギリス版のように、しばしば物語に浸って「演技」や「演出」を忘れてしまうことがあるが、幸い、この日本版「オリエント〜」は、とても勉強になる。

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