英語が嫌だと泣く生徒を前にして

まだ英語を始めて3ヶ月の小学生男子。

家族と一緒に参加しているにもかかわらず、この日、英語へのネガティブな磁場を作っていた。

英語を英語で説明することが、気に食わない。
気に食わないと思ったら、もう聞かない。

イヤイヤと頭をふる。耳を塞ぐ。
板書すると、そっぽを向く。目をつぶる。

「No」「No」「No」と続く絵本の台詞部分を学んでいた。
そこを、それぞれ違った日本語でニュアンスを表そう、という場面では
「馬鹿野郎」「あほ」「いいかげんにしろ」
と、荒れた「日本語訳」をつける。

あまりの子どもっぽさに、この子の幼さ・甘えが見えて、ふと笑みがこぼれそうになるが堪える。

でも、こりゃ、教室ではあかん。
付添いの家族(いっしょにレッスンに参加)とともに、別室でこの子の言いたいことを聞くことにした。

別室に呼ばれたこと、嫌なことをしなければいけないことが辛いのか、涙をぽろぽろこぼしていた。

何がそんなに嫌なのが、とても知りたい。
どうしたら「お気に召す」のか、考えを聞いてみよう。

「何がしたいの?」
「英語をやめたい」
吐き捨てるように、言った。

ああ、そうだよね。
これが一番、この9歳の知恵で考えられる解決法。

でもそれは、30年近く教師をしていて、違う、と思う。

今、この子はやり方がわからないだけ。

先生が言った英語を繰り返して言う、なんて「赤ちゃんでもないのに、赤ちゃんみたいなことをやる」意味が分からない。

日本語で言えばすぐわかるのに、なぜ言ってくれないか意味がわからない。

なにしろ、こんなこと、やらせる意味がわからない。

あのね。
9歳には分からないことが、山ほどある。

まずは、大人の言うことに耳を傾け、ときには従わなければならない、ということを学ばなきゃね。

そして英語。
「プロの先生のやりかたを信じてご覧」、そういう家族の言葉も必要。

それから家族の協力、自分の努力が必要。
このふたつの「力」を、出し惜しみしないこと。

家族は、「今日、何やったの?」などと興味を示して、学んだところを読む、または本を出すだけでも誘う。

嫌といったら、「じゃ、わたしが読む。どれ?」と、家族が率先してやる。
それだけでも、いい。

英語のレッスンの前には、本を揃えながら、「今度は、これをやるんだね。へえ、どんな本なんだろ。後で教えてね」
こんな会話だけでいい。

子どもが参加しなくても、親だけでも、課題の英語絵本を挟んで、「あ、この絵、ちょっといいセンスしてるね」「どれどれ、きゃ、いいね」と、子どもに聞こえるように会話するだけでもいい。

こんなに嫌がる生徒を見て、ふと思う。

この子は、英語をわたしたちと始めなければ、嫌いにならなかったのだろうか。

いいや、誰であっても起こったことかも。

ここで、どう根気よく親、指導者が、こういう子のからまった結び目のようなところを、ほどくか。

まずは、親がその必要性に気付き、真剣に取り組まなければ。
そうしたら、こちらは、英語の分野で努力する用意がある。

からまったところが、万が一ほどけたら、それはこの子にとって、英語だけの問題解決ではない。
学習というものへの態度が、きっと変わる。