Eureka!リードアラウド・ワークショップの後で

アルキメデスが湯船につかって体積の測り方を発見して叫んだ言葉が、Eureka!(わかった!)
ギリシャの天才にはかなわないが、考えに詰まると湯船につかる。

そして今朝、Eureka!
昨日、ワークショップ中に、参加者の熱演へのコメントとして言い足りなかったものが、ゆっくりほぐれてきた。

今後の参考にと、書き記す。

Rさん:抑揚が個性的。でも、その個性を薄めた、客観的報告のようなさっぱり目の抑揚で読むという「カード」も持ちたい。また時に、その個性的抑揚の面白さが時に、英語上級者からネイティブ向けで、リードアラウドの主な対象の子たちがそれをまねしたら、唐突すぎるかも。

Sさん:「声を頭頂から響かせる」気になると、それが全部高音の裏声(?)になってしまう。
響きと音程は別。その声になっても、違和感のない表現があるのかも知れないが、今はまだ無理そうなので、「表声」で響かせる深い声を練習。

Hさん:全体の雰囲気をとらえ、ふわりとした全体調整で上達していくタイプ。どこかに際立って違和感があるわけではないが、味が全体的にまだ薄い。自分のまあまあ納得いくところまで調整がついたら、録音して精査してみる。ある語、ある句の不自然な上がり・下がり方や、「無感覚」で読み流している部分をしらみつぶしに調整していく。

Yさん:The Giving Treeの木は、いつ心から幸せと感じ、いつ幸せと思おうとしたか。givingし続けることへの心の変化はあったか、最後はどう思ったかなど考えて、自分なりの木の「人格」を決める。その「人格」の声で読んで録音し、客観的に雰囲気があっているか判断して調整する。

Cさん:人生の方針なく、ふりまわされている観のある木に聞こえるので、木がどういう哲学を持っているのか、書き出してみる。結果として尊いgivingする「人生」になった木、というより、少年が小さいときに既に大木なのだから、もう少し大人かも。細く高い声ではなく、深く響く声がイメージかも?

Miさん:集中が途切れると、「無色」のスラスラ読みが顔を出し、子どもには敷居が高く聞こえる。虚空に読むのではなく、「聞く子の顔を思い浮べ、呼びかけるように、語るように読む」と頭で分かっていることを、実際にできる集中力維持が目標か。持久力?「基礎体力」作りのため、読む回数を増やすといいかも。

Nさん:切れのいい口調は、個性的で大切にしたいところ。それが表面的で冷たく聞こえないよう、一語一句どういうつもりで作者は書いているのか拾う。解釈なしで読む部分をつぶすよう精読。また読む時に、聞く人の顔を思い浮べると、調度いいペースになる。

Muさん:ほとんど、言葉や語句には「取りこぼし」がなくお見事。それでも、一番厳しいはずの自分の耳で精査をし、微調整を。また、今は構成を考える段階にある。序破急を認識し、読み方のそれぞれの速度、声のトーンなど、3幕ものの舞台をイメージして考えるのも一案。ライト(光)の変化を感じると自然な変化をつけられるかも。最終場面までのスタミナ配分も、構成のうち。

12月17日13:30〜16:40 は、発表会。
リードアラウドに興味のある方々で、ご覧になりたい方は、キッズブックスまでメールかお電話をどうぞ。

子どもの心、詩心で『Snow』を読む

Uri Shulevitz作のSnowという絵本が好きだ。
冬の足音が聞こえてくる頃に、あちこちでこの本をリードアラウドする。

筋というよりも、詩情を味わう本だろう。
絵と言葉が素晴らしく符合し、言葉の響きが美しいので反復が楽しい。
限られた言い回しで、心模様が推し量れる。
つまり、リードアラウドにぴったりの本なのだ。

大人、それも絵本を子どもたちに朗読したり教えたりしている大人たちとも読んだ。
今年は小学1年生16人と先日、読む機会があった。
そこで、それまで持っていたある感触が、確信に近いものになった。

本書の要となるセンテンス、雪が降りだしたことを喜ぶ少年のせりふだが、It’s snowing! というのがある。
その言い方・読み方についてだ。
子どもの、その部分の読み方で、違和感を感じることはほぼゼロ。
なのに、大人の読み方には7,8割ほど、本の本質を汲んでいない違和感を感じる。
つまり、英語はまだまだでも、子どものほうが、この本をよく理解できているということ?

大人たちと読んでみるまで、この「逆転」現象に気付かなかった。
他の本、Walter Was Worriedでも、雨が雪に変わり大喜びする場面が描かれているが、そこも子どもはするっと本の流れ通りに読むが、大人のはなんだか引っかかると思っていた。

雪が降り始め、それが積もってゆく冬の日の、子どもや大人の生活を詩的に描写した古典絵本、White Snow Bright Snow を今朝読んでいて「!」、はたと気付いた。
Snowの喜びを大人が忘れているんだ、それがsnowを描いた絵本を上手く読めない理由じゃないか。
そして絵本の作家、それも後世に残るような名人は、やはり詩心がある人、アーティストで、普通の大人を飛び越して、子どもの心と直結している。
普通の大人は置いてけぼりなんだ……。

そこで、だ。
大人なのに、そして「先生」だったりするのに、たとえば、It’s snowing! という子どもの嬉しさが溢れるせりふを、子どものように読めたらどうだろう。

そうすると、「お勉強モード」が、ぱっと「お楽しみモード」に切り替わる。
そのせいだろうか、小学1年生のクラスなどで、「ぼくも」「わたしも」と「読みたい読みたい」の挙手が増えたり、子どもの声が大きくなるのは、こんなときだ。

大人がリードアラウド上達を目指すなら、子どもを観察して子ども心を思い出すのが近道なのかも知れない。

P.S.
12月11日13:30~14:30
神保町ブックハウスにて
ShulevitzのSnow リードアラウドします。
子どもたちの素晴らしい表現力を、大人はお楽しみに。
(参加予約は直接神保町ブックハウス:03-3261-5691へ)

Ready for リードアラウド・ワークショップ?

今月のリードアラウド・ワークショップは、まず先月の仕上げ、Merry Christmas, Big Hungry Bear!を、それぞれ設定したナレーターのプロファイルに準じて、リードアラウドする。

先月欠席したみなさんは、この本のナレーターはどういう人かを決めて、そしていわゆるその「キャラ」で、どう読むか。
その「キャラ」らしく朗読するように。

先月参加のみなさんは、次のようなプロファイルにしている。
・自分のうちの隣の、母代わりのようなおばさん・子ども好きなお兄さん(チップモンクのTV番組に出てくるようなお兄さん)・30代の世話好きな近所のお姉さん・みのもんたっぽい、show hostタイプ・65歳のおじさんなど。

これに関して、先日は楽しいことがあった。
英語絵本朗読初級クラスのある受講者が、このナレーターを「神」に!
意外といえば意外、どうなるか興味津々だったのだが、残念。
「神にしては、ちょっと卑近なせりふでしたね」と、降参。
確かに、神にしてはせりふがカジュアルすぎか。

このキャラ別Merry Christmas〜は、聴いていてとても楽しいので、12月17日の発表会には、全員がそれぞれのキャラ設定で読むことにしたい。
芸を磨き、笑いをとろう!
リードアラウドのモットーのひとつ、楽しさをみなさんに。

そして、The Giving Tree
この1年の集大成だ(プレッシャー!?)。
声、イメージが湧く語句(感情の取りこぼしがないよう)、意味ある抑揚・間、語るような自然な読み、長い文章のメリハリ・序破急など、登場人物の声とその変化(少年から老人まで)…
そして、これの指導法(発問!発問!)を極める。

土曜日が待ち遠しい。

P.S. 発表会(12/17,13:30〜16:40 @自由が丘)には、受講者の友達や知り合いでリードアラウドに興味がある方がいれば、どうぞ。
そして、これまでのワークショップのOB、OGもどうぞ。

オバマ家のリードアラウド

イースターの恒例、ホワイト・ハウスでの絵本リードアラウド
2011年春、わたしたちは日本でそれどことではなかったので、このブログでの紹介が遅れてしまった……。

以前、Mr.Obamaが読んだ Where the Wild Things Are を、今年はふたりのお嬢さんが読んだ。
このブログを読んでいらっしゃる皆さんは、つい指導したくなってしまうかも。

そのあと、Mr.& Mrs. Obamaが、Chicka Chicka Boom Boomを、ふたりで読んだ。
ぶっつけ本番らしく、それぞれがトチると、ちょっと揶揄してみたり、まったく気取りがなく、ほほえましい。
あ、Read aloud自体は、お手本にするには、ちょっと……。

でも、ふたりがあんまり上手では、かえって人々は心配になってしまうだろう。
大統領が、執務室でちょっと絵本朗読練習?
まさか。

大人も英語絵本朗読クラスが楽しい

英語絵本を、声に出して感情を込めて読むこと、そしてその指導法を「リードアラウド」と呼んでいる。
でも、その読み方だけなら、「英語絵本朗読」と同じことだ。

そこで「英語絵本朗読クラス」をこの秋から開いた。
どうやらキーワードとして「英語絵本朗読」がヒットする機会が増えたらしい。
近頃、ぼちぼち見つけて、このクラスを覗いてくれる人が現れだした。
また、嬉しいことに「リピーター」も。

このクラスでは、姿勢チェックや呼吸法をちょこっと、
声のwarm-upもした後に、まずはひと読みする。
それを聴きながら、わたしのほうは、どうしたらこの90分で効率よく、その人の朗読をうまくするかを考える。

それから、クラスで本を解釈していく。
そのところどころで、受講者のたった今の読みを評価していく。

解釈が深まると、素晴らしいことに、自然に朗読がいい方向に変わる。
オウムのように、口まねで練習するのではなく、受講者自身が読み方を変えるのだ。
かなり目覚ましい変化が、このたった90分でも現れるのが、指導者としては嬉しく、そして興味深い。
同時に、受講者は、これで、わざわざせっかくの土曜日の午前中に自由が丘に来たかいもあるというものだろう。

「ああ、なんだか、気持ちがいいです」
そう言って、帰られる方達の後ろ姿を見送るわたしも、実に気持ちよく、いつもその後の昼食を食べ過ぎてしまう……。