ESL用の教本、善し悪し(その2)

 前回は読み物について、ESLにまつわることをつらつら書いた。今日はESL用の絵本と、教材の「リーダー」について。

 英語を母語としない学生用の英語教材をELTと呼ぶが、そのなかで、中学生になる前の子どもたち用のものを、目にすることがここ十数年になって増えて来た。先日は、その代表的なイギリスで作られたシリーズをCDとともに、リードアラウドする観点から読んでみた。

 結論は、「わたしはリードアラウドに使わない」である。

 リードアラウドの「胆(きも)」は、本に感動すること。文でも絵でも、「おもしろい」「きれい」など印象に残る、芸術的だったり文学的な作品を使わないと、とても感動にまでたどり着かない。感動を与える深さがあるから、読み方も表現の工夫の余地があるし、何度も読もうと思うのだ。

 ELSにしても、リーダーにしても、まずは子どもたちを読めるようにする、という教育が一番の目的。作る人たちも、教育が専門の人たちが中心だ。その人たちが、二番目か三番目に、「まあ、ちょっと楽しく、面白く、きれいに、かわいくしておこうか」と考えたのだろう。その出来上がりがそう語る。あまり面白くも、美しくも、かわいくもない。

 絵本を18年ほど、大量に見て来たので、好き嫌いは別として、質の良し悪しはかなり判断がつく方だと自負するところもある。その目で見て、ESLとリーダーは、かなりつまらない。少なくともリードアラウドするわたしが「つまらない」と思う本は、子どもたちに何度も読ませる気にならない。子どもに失礼だと思うから使わない。

 自由な発想があっての芸術や文学だ。その発想で作った本物の本。結果として教材になることはあっても、教材として作られていない本物の本を使ってこそ、子どもたちの想像力と創造力を刺激するのではないだろうか。子どもは直観的に、懐の狭いものと広いものを見分けるようだ。そして、その広いものを選ぶのが子どもらしさのような気がしている。

 本物の本あってのリードアラウドであり、絵本の読み聞かせではないだろうか。

 ただ、一時的に「勉強」と割り切って、ESLやリーダーを識字教育として使うと効果的でもあることに、やぶさかではない。ただ、教材は絵本(本物の本)の代わりにはならないと思う。読書は、勉強ではなくお楽しみ。結果として、そんなつもりじゃないのに知識が広がったり深まったり、英語が楽になったり、将来的にはTOEFLやTOEICの点数も上がってしまうだけ。リードアラウドは、読書の楽しさを実感し、読書好きになってもらうためのものだ。読む方も聴く方も、心に響きそうなものを選んで紹介して行こうという信念が、リードアラウドをすすめるものには大切だと思う。

 アメリカ児童書界では4、50年代のベビーブームに、その潤沢な予算で特別に才能ある作家と画家にリーダー制作を依頼していた。そのため、その時代のリーダーには絵本に遜色がない、教材として作ったが芸術的文学的絵本になったような、たとえばDr.スースやA.ロベールの作品などがあるのは特記しておく。また、当時の教材リーダーの代表は『Dick & Jane』シリーズ。これが一種の反面教師になって、後のリーダーが絵本に近づいた。
The World of Dick and Jane and Friends
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The Cat in the Hat
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Frog and Toad Are Friends
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