「生意気な子ども」とリードアラウド

突然だが、わたしは生意気な子どもだった。小学生にして『芸術新潮』と『SFマガジン』、『ハヤカワ・ミステリー』を読んでいた。ときどき『文芸春秋』と『外科臨床医学』。その頃は「大人びた子ども」ともいわれたが、今もそのままなので、今は「子どもびた大人」だ。

リードアラウドを人にお勧めする時に、いつも思わずにはいられないのが、過去のわたしみたいな子どもにも面白いだろうか、ということ。いくら語学的には初歩とはいえ、頭は「子ども扱いされたくない」と思っている。生意気子ども時代に、世間にいた「子どもらしい子ども」しか見ない大人。そういう大人でありたくないと、大人になって思う。で、どうその気持ちを今のわたしの仕事に生かすか。

ヘンなおばさんが、英語の本を持って来て「さあ、気持ちを込めて読みましょう」だって?そういう、もうひとつのわたしの目が、ワークショップを子どもたちの前でする時に、じっと見ている。

Life Doesn’t Frighten Me はマヤ・アンジェロウの詩を、若くして亡くなったニューヨークのアーティスト、バスキアのイラストでまとめた絵本。学校での理不尽に負けない心を歌った詩が、熱気を感じる落書き風のイラストにのってずんずんと心に迫る。これに興味を示さない「生意気な子ども」がいたら、わたしの力量不足の証明だ。だって本自体には力があるのだから。

絵本の「業界」には、なんだかぬるま湯のような不思議なやさしさがある。「それはぬるま湯だ」と言ってしまうと、「じゃあんた、あっちの熱い湯に行けば」と自分を辛い立場におくことになりそうでもある。でも英語を使える日本人を増やしたい!という目標に向かうのなら、いつまでもみんなとぬるま湯につかっていてはいけないだろう……。それに同じ絵本とはいえ「英語絵本」という「小浴場」にいることだし、ちょっと温度を高くしても平気かな。

Life Doesn't Frighten Me
Life Doesn’t Frighten Me

やっぱりリードアラウド

 昨日の午後は、成蹊学園の小学生たちとのリードアラウド・ワークショップの今年度の選書をじっくり行った。
 低学年、中学年、高学年でレベル分けするのは昨年通り。各レベル3回づつ、2007年5月から2008年2月にかけて実施する。各レベル差は以前同様つけるが、今年から各レベル3回の内容にも段階をつけた。簡単から少しずつ複雑なものへと進む選書だ。
 
 それからもうひとつ、高学年にはどうも「絵本なんて幼稚!」という軽蔑に近いものがあるようなのが気になっていた。そこで、今年は、深い味わいの、洗練された「大人っぽい」絵本を選んだ。
1回目はFrom Wall To Wall(『キッズ(だけにじゃもったいない)ブックス』でも選書)。 わたしたちの周りにある、いろいろな「壁」について、ニューヨークの街角などの写真で綴る。

Coolな絵本。生意気盛りの11、12歳。絵本をあなどれないゾ。うまく、告知をして高学年にも多く集まってもらいたい。そして、英語に気持ちをのせて読む楽しみを知ってもらいたい。

「千の風になって」という歌を聴いたが、これを歌手たちのように歌えたらどんなに気持ちいいだろうと思った。聴くのももちろん気持ちがいいが、ああ歌えたらと思う。
 音程や、声量がいらない本のリードアラウドは、歌に似た高揚感を味わえる。それはただ、「音(おん)」を読めるだけ(フォニックスで読めるだけ)では味わえない、内容のともなった本当の「読み」からくる高揚感でもある。「文字」+「言葉」+「頭(心)」、この三拍子そろって初めて「本が読めた」というものだ。リードアラウドで、本当に「本を読む」楽しさを、やっぱり伝え続けたいと思う。

From Wall to Wall

まだリードアラウド

現在、日本の子どもたちにRead Aloudする意味や、その仕方など本にまとめようとしているところだ。
今日は、Though Boris (by Mem Fox)がRead Aloudするのにぴったりなのを再認識した。恐ろしい顔をした、荒くれ者の海賊ボリスの話で、ボリスと海賊たちの「荒くれ度」が畳み込むように語られていく。ところがこんなボリスに「泣き所」があった。ペットのオウムをひどく愛しているのだ。そしてそのオウムが死んでしまうのである……。

繰り返しがあり、絵から内容が予測し易く、文章が短い。それでいて語彙が知的。大人の胸をキュンとさせる「おち」がある。リードアラウドに理想的だ。

この作者、Mem Foxは他にも、Koal Lue やPossum Magicなど、read aloudすることを念頭に置いた本を書いている作者だった。再発見。

Tough Boris
Tough Boris』(海賊ボリスとオウム)

Possum Magic
Possum Magic

大島英美のポートランドだより ロスト・イン・トランスレーション

今回のポートランド出張で、改めて通訳という仕事を考えた。

通訳の仕事は、この10年余ポツポツやってきた。初期の頃の仕事は、思い出すと顔が赤くなるが、雑誌や新聞の記事のために、編集者や記者と伴に人に会い、インタビューしてきた。昨年は映画『父親たちの星条旗』の原作者にくっついて、メディアのインタビューの通訳だった。これは、15分刻みで次々違うメディアに会うという、緊張するタフな仕事だったが、おかげさまでその後、一段と頭の中の「英語ー日本語」の往復が早くなった感じだ。

この度は、事前のコーディネイトから仕事が始まった。誰に会うべきか調べ、実際にその人とアポを取る。アポをとってから、現地で確認を入れ、時間調整、そして実際に会い記者のインタビューを通訳した。メモを取るコツが分かって来たが、それでも人によっては一区切りが長く、あやうくlost in translation、中身が飛んで行ってしまいそうで冷やっとする場面もあった。
この仕事、わたしの場合は体調がよくないと絶対にだめ。疲れると頭の中が、真っ白になる瞬間が出来たりする恐れがある。

2002年にブッシュ元大統領(41代目)歓迎セレモニーが、小笠原諸島父島で行われたときのことを思い出す。わたしは気楽な、一般人の通訳だったが、外務省の事務官はブッシュさんの通訳だった。その彼が、ブッシュさんの挨拶の途中、すっかり頭が真っ白になってしまった。ブッシュさんが英語を言い終わり、彼が通訳するのを待っていた。「……」と彼。じろりとブッシュさん。「……」とまた彼。みんなが息を飲んでいたと思う。わたしは、ひとごとながら、手に汗をにぎっていた。「……」3呼吸くらいだったろうか、それから彼はスラスラまったくの作文、彼が作った内容の話をしたのである。英語と日本語両方分かる人だけ、「あっ」という内容だったが、ほとんどの人には気付かれずに済んだようだった。いばりくさったイヤーな感じの若手外交官だったので、あまりかわいそうに思わなかったが、通訳という仕事の恐ろしさを知る経験だった。

先のポートランドでは、朝から晩まで人に会うような日々だったが、ときどき2時間ほど空き時間が出来たりしたので、そんなときは昼寝の許しをもらった。すぐに眠れるたちで、ほんとによかった。昼寝をすることで脳がすっきりして、一日の後半までどうにか仕事を続けられたのである。

大島英美のポートランドだより 韓国とこの街

帰国してはいるが、ポートランドだよりを続ける。
今朝の新聞の一面は、気持ちが暗くなる記事2つ。日本でのこともあんまりだが、ヴァージニア工科大学での乱射事件のことで、容疑者が韓国系学生だったことが気になる。

アメリカは移民の国だといっても、わたしたち東洋系とアフリカ系は一目瞭然で「白人」でないことが分かる。ポートランドはほぼ70%は白人で、東洋系もア フリカ系もいるだけで目立つ。今のところ、わたし自身は差別をほとんど感じることはない街だが、こんな事件が起こると人の目の変化が心配になる。

ところで、レストランの話なのだが、ダウンタウンに韓国料理店がない(または気がつかないほどの存在感)。韓国人のやっている「日本料理」はあるのに。今 回の滞在の終盤、パウエルズ書店のパウエルさんと昼食をとる機会があった。「プルコギ」「ビビンバ」とすらすら料理名が口からでる、アメリカ人としては韓 国料理通のパウエルさんにお願いして、街の北西部23番街の韓国料理店に連れていってもらった。

「韓国人教会はあるのに、韓国料理がなぜダウンタウンで食べられないか」、が話題になった。アメリカ人にとって、「小皿で沢山出てくる総菜が、それぞれ何 だか分からず心配」「バーベキューとキムチしかないと思っている」などがパウエルさんの思いつく理由。ご自分は大好きなので、郊外に食べに行くことにして いる。

この日、彼は骨付きカルビ、わたしはチゲ。各9ドルほどで、小皿料理が6皿ほど付いてくるので満足感があった。

さて車に戻るのに、23番街の横断歩道を渡ったが「珍現象」あり。実はこの通りの横断歩道も、前の週に記者と取材したところ。死傷者のでた交通事故が発端 となり、住民の訴えで横断歩道を市が新しく作ったばかり、話題の横断歩道なのだ。そして歩行者優先の原則も確認されたばかり。市のコミッショナー(SAM ADAMS)がTVカメラの前で、安全になったとパフォーマンスしたこともある。わたしたち歩行者が横断歩道に立っただけで、車が止まってくれたのだ。こ れは、車に「無視」されることになれた東京人には、魔法のように珍しい光景だった。