リードアラウドの選書について〜キッズブックス英語スクール

リードアラウドの絵本は、どういう基準で選んでいるのだろうーーと思った方も少なくないだろう。
目下の選書の基準は、最近の英語圏の出版事情などを鑑みて、以下のようにまとめられる。

  1. 長期に渡って、比較的楽に手に入りそうなもの
    1. 定評、根強い人気、有名な賞の受賞歴
        Caldecott賞、Kate Greenaway賞、Newbery賞、National Book Awards、Geisel(Dr. Seuss)Award、E.B. White Read Aloud Award、Indies Choice Book Awards、Indies Choice、New York Times Best Illustrated Books
    2. ペーパーバック版が存在する
  2. 絵・デザイン・タイポグラフィー(文字)に、魅力・洗練・工夫があるもの
    1. 丁寧な作りで、子どもや読者へのrespectがある
    2. コストをかけているということは、出版社が売れると予想している証拠
    3. 飽きない、多様な楽しみ方がある、遊びの要素が勝って勉強の圧力を感じにくい
  3. 本文に物語としての面白さ・深さ、文としての楽しさ・美しさがあるもの
    1. 飽きない、いろいろな楽しみ方ができる、心に響く
    2. 子どもに知ってほしい情報(事実、テーマ、教訓、情操など)がある
  4. 文と絵がおおよそ表裏一体のもの
    1. 内容のほとんどを絵で追うことができる(わかりやすい)
    2. 絵から多くの情報が得られる

声に出して読む英語絵本

AI には負けるが、I も進化しよう〜キッズブックス英語スクール

NICTが、情報通信研究機構が政府系で、

翻訳専用のAI(人工知能)を開発し強化を進めているということ、知らなかった。

そしてNICTが無料アプリ、VoiceTra を開発し提供していることも。

これは個人向けの誰でも使える、進化中の注目の翻訳アプリだ。

 

この翻訳AIを進化させる開発は、私たち人間の英語の学び方を考えさせてくれる。

 

従来の機械翻訳は、

単語や文節ごとに訳してから並び替えて文章にする

ということ。

 

ん?

日本の中学や高校で習ったやり方だ。

 

でもAI翻訳は、もう違う。進化を遂げている。

つまり、

文章全体の意味を読み取り訳す、というから

自然な「バイリンガル頭」での翻訳だ。

 

翻って、学校の英語、もう遅れているってこと?

まだ従来通りやらせていくなら、おかしな英語や日本語訳をする。

それならわざわざ人の手を借りず、機械翻訳でいい。

 

翻訳AIの進化は止まらない。

文を多く覚えるほど「成長」する、のだという。

 

これは人間で考えてみると、「読書」だろう、成長を促すのは。

 

効率を考えているはずのAIが、「成長」のためにどんどん文を読み込んでいるなら、ただの「I」の私たちだって、I (知能)はあるのだからどんどん読んで成長できるってことじゃないか。

 

やっぱり、読書ですね!

読書とわたし

どのような子ども、学生時代を過ごして、読書好き、本好きになったのか。

読書教育談義などする機会があって、自分と読書の付き合いをふりかえってみた。

 

小学校に上がる6ヶ月前に、渋谷から都下に引っ越して、幼稚園も「中退」したまま、自宅でぶらぶら。

両親は超多忙。

どうやら文字はそこそこ読めたらしく、本をあてがわれた。

読めるのが面白くて、大人の本もめくった。

 

父の『SFマガジン』に手塚治虫の漫画連載があって、魅了されたが、ちょっとエッチだった。

読んでもらっていたのは、アンデルセンが多い。

 

小学校時代、本だけはいつでも、たいていの欲しいものを買ってもらえた。

 

「読みなさい」と母が買ってくるのは「ヘンな」本だった。

アイヌ伝承物語、水滸伝、中国民話、世界中の民話。科学者の伝記物語。

 

父は、ギリシャ神話とバンビなど動物の話。シートン動物記、ファーブル昆虫記、冒険物に夢中になった。

 

外国児童文学、子供用に書き直された「名著」、いつも何かしら読んでいたが、プーさんとか「楽しい川辺」とか動物が主人公のものにはまる。

あと装丁で岩波書店の児童書ファンに。

小5、6と、図書委員になって、借り放題。子どものセクションではポプラ社?のルパン、そのほか怪人二十面相など(これらは、すぐに読み終わるので「図書館で」と母に言われた)。1日1冊くらいのペース?

しまいには、PTAの本にも手を出し「氷点」も。

 

あ、ケストナーの「点子ちゃんとアントン」などは、総ざらい。

 

すぐに読み終わるので、母は「字の小さいものを読みなさい」と、ケチ?なことを。

 

漫画も含めて、なんでも条件なしに買ってくれた父がありがたかった。

 

中一になって、図書館の貸し出しカードの枚数競争を友人と始めた。

「敵」もなかなかよく読むので、さらにこちらも加速。

 

北杜夫、団伊玖磨「パイプのけむり」シリーズ、山本周五郎もこの頃。

時代物にはまった時もあった。

夏はなぜかエラリークイーン。あるもの全部読んだと思う。

 

そうそう、少女マンガも並行して読み漁り。楳図かずお、美内すずえ、里中まちこ、水野英子、読んだ、読んだ。

 

おまけに少年マンガも。ジャンプは必読。月曜日は忙しかった。

 

よく読んだものだ。

本にまつわる話でも、旧友としながら老後が楽しめるかな?

読書、英語でも日本語でも〜キッズブックス英語スクール

小さい頃から好きで、今も続けているものは、読書。

学生時代と比べるとお恥ずかしい読書量になってしまった今日この頃だが、時間があるとなれば、やはり読書に没頭したいと思う。

 

その読書、英語でも日本語でもいいのだが、何に役立つのか。

 

 

今日、薄いおかゆを作っていて、ふと浮かんだ思いに、ちょっと驚いた。

 

「ごはん粒の少ないおかゆでも、ありがたいなあ」

 

「つくづく思う」という感覚だった。

 

でも待てよ。

そんな、米粒がたくさん入った重いおかゆが食べられないわけではない。
好きで薄いのを作っているのだが?

なんだろう、この反射的に浮かんできた「ごはん粒があるだけ、豪華な粥」という思いは。

 

高度成長時代に育った私が、米粒いっぱい食べたいのに食べられなかったという経験はない。

 

このありがた感は、なぜ?

 

 

思い当たるふしがあった。
 

本で読んで知った感覚。

 

終戦間近の日本の食卓についての記述を、あちらこちらで読んだのだ。

多分、小学5、6年生の頃の、戦争文学や手記など濫読時代に。

読書による「疑似体験」だ。

 

また、別の折の別の感覚。
薄いお茶を飲んだ時に湧いた感覚がある。

 

「色があるだけありがたい」

 

ん?

 

この感覚は、

 

パールバックの『大地』三部作を読んだ時に記憶されたに違いない。

 

この本を、仮性近視になるくらい夢中になって読んだのが、中学生のある夏。
このときに、なぜか染み付いた極貧中国人農奴の、お茶のイメージだ。

 

極貧の主人公一家が、お茶の葉も満足に買えず、白湯に近い薄いお茶を土間で飲むという場面。

自分の経験のように浮かんでくるのが不思議だ。

 

本当の経験と、読書での経験の区別がつかなくなったら、ちょっと別の意味で心配だが、

 

幸いまだ、とっさに浮かんだ感覚が、実の経験からなのか読書からなのか区別はつく。

 

ということで、

読書の一つの効用は、

 

多くを実際に経験するには人生が短すぎるところを、疑似体験させてくれること。

 

私自身、没頭して読むタイプだからか、

そんな実体験と間違えそうな読書による疑似体験の記憶が頭に、いっぱいあるらしい。

 

朗読などで表現を考える場合、無意識にそんな記憶の引き出しが開いて、場面が見えてくる感覚がすることも多い。

 

これは、自然な表現をするために、とても助かる。

 

近年は、読み続けたおかげか、英語でも読書が楽しめるようになった。

 

翻訳を通さない生のイメージが加わり始めた。

 

例えば、50~60年代のアラバマ州へ行けるわけでも、行ったわけでもないのに、かなり鮮やかな、当時のアラバマのイメージがある。

 

これは、

To Kill a Mocking Bird と、

 

同作者による、最近発見され出版された続編

Go Set a Watchmanを、耽読したせいだ。

 

よく「読書が人生を楽しくしてくれる」とか言うが、

読んでいる最中だけでなく、

その後に、読書から生まれたイメージが頭に残り、

様々な事実を目の当たりにした時にそれが蘇り、深層的に考えたり、味わったりできることがなんとも楽しい。

 

具体的には、

香りも色もあるお茶をいただけた時の味わいは、お茶も買えない革命前の中国の農奴の飲む白湯っぽいお茶(の疑似思い出)と比べて、ありがたさが違う。

 

読書さまさまだ。